菅沼 崇 講師「心理学a」
「心理学a」の概要
昨年度までは「心理学a」という講義名でしたが、今年度からは「心理学入門」として開講されています。心理学には多岐にわたるさまざまな領域があります。その中から基礎心理学領域の主要な心理学を取り上げ、人の心理現象についての基礎メカニズムを理解することを目的とした講義を行います。初めて心理学に触れる入門講義ですが、心理学がいかに自らの生活に役立つかを実感していただけると思います。
心理学って面白いなあ、楽しいなあ、役に立つなあと思ってもらえさえすれば、黙っていても学生たちは次を知りたい好奇心や探究心が芽生えていく。
「占い、読心術、心理テストと心理学はどう違うの?」から始まります
「心理学を学んだ人は人の心が読めるのではないか?」という先入観をもっている学生も少なくありません。心理学は占いや人の心を読む読心術とはまったく異なります。心理テストは心理学の領域に触れてはいますが、「深層心理を探る」、「夢から占う」となると、とたんに科学的根拠を失うケースも多く、やはり同じとは言い切れません。科学的根拠があるかないかが重要です。心理学は、実験や調査から得られた科学的データに基づき、統計学の手法を用いて人の心と行動のしくみを解明していく学問です。このことをしっかり理解してもらった上で講義が始まります。
今日の講義を紹介する前に、これまでどのような講義が行われてきたのかを紹介します。まず、はじめに「知覚心理学」。これは、目の見え方、耳の聞こえ方など、人が外界の情報をどのように受け取っているかを研究する分野です。だまし絵のように、同じ線の長さなのに両端の矢印が外側に開いたものと内側に閉じたものを並べると長さが違って見えるという錯覚なども知覚心理学のひとつです。
次に「認知心理学」。これは、人が外界から受け取った情報をどのように処理しているかを研究する分野です。例えば、記憶や思考のしくみなどを解明していきます。記憶には、大まかに短期記憶と長期記憶がありますが、短期記憶(短時間で消失してしまう記憶)について少し実験してみましょう。
【問】下の15文字のアルファベットを10秒で記憶し、10秒後に答えてください。
YKKJALNTTNHKNEC
どうですか?覚えられましたか。実は、短期記憶として保存できる情報量には一定の限界があることがわかっています。具体的には、人が一度に記憶できる情報量は、多くても9つの「要素」までだとされています。ここで考えてみましょう。上記の問題で15文字を1文字ずつ記憶しようとした人は、15の「要素」として覚えようとしたということになりますね。これでは短期記憶の限界(9つの「要素」)を超えてしまいますので、覚えるのは困難でしょう。ところが、勘のいい人は、この15文字は3文字ずつ区切れば企業名の羅列になっている(YKK/JAL/NTT/NHK/NEC)ということに気づいたかもしれませんね。これに気づいた人は、15文字を5つの「要素」に集約できるため、覚えるのが比較的容易だったと思います。このことをふまえると、たとえ一度に記憶しなければならない量が多くても、「要素」を少なくする工夫をすれば、より多くの情報量を覚えることができるということになりますね。
次に、「学習心理学」、「発達心理学」と続きますが、これらの説明をすると長くなりそうなので、今日行われた講義を紹介します。
あなたの恋愛観はどうなっているの? 私の心が科学的に明らかにされてしまう
選択科目にもかかわらず、まるで必修科目の講義のように教室は満員です。「心理学入門」は受講希望者が多くて定員を超えてしまったため、抽選がなされたほどの人気講義でした。
教室に先生がやってきました。学生たちは待ち望んでいたかのように先生を迎えます。なぜなら今日は「社会心理学」の講義ですが、その内容は、自分の恋愛観を診断する心理尺度を実施する日だからです。自分は恋愛をどのように捉えている人間なのかを知ることができます。先生は資料を配りながら、前回の講義について学生から出た質問に答えていきます。それが終わると、いよいよ心理尺度の説明です。正式には「J.A.Leeの恋愛類型論」で展開されている6つの恋愛類型の中から自分のタイプを診断します。
57項目にわたる質問に、それぞれ「よく当てはまる」「少し当てはまる」「どちらともいえない」「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」の5段階から1つを選んでいきます。信頼性の高い診断結果を得るために、事前に先生から注意事項が告げられます。「この種の心理尺度は、回答者が本音で回答しないと正確な診断結果が得られません。ですから、みなさんの本音が出やすいよう次の3点に配慮します。1つめは、無記名で実施して匿名性を確保します。2つめは、採点と診断を自分で行い、診断結果は各自で持って帰ってもらいます。回収はしません。3つめは、回答中は決して隣の人の回答を見ないようにしてください。以上です。それでは開始してください」。
シーンと静まりかえった教室。学生たちは思い思いに57項目5段階評価を記入していきます。ここで、どのような恋愛類型があるか、説明しておきましょう。全部で6タイプです。
【エロス】美への愛。恋愛至上主義。ロマンティック思考で相手の外見重視。一目ぼれ屋さん
【ルダス】遊びの愛。恋愛はゲーム。相手に執着せず相手と距離を置く。浮気屋さん
【アガぺ】愛他的な愛。相手の利益を考え、相手のために自分を犠牲にすることもいとわない愛
【マニア】狂気的な愛。独占欲が強い。嫉妬、悲哀などの激しい感情を伴う
【プラグマ】実利的な愛。恋愛を地位の上昇などの手段と考える。学歴や年収などの条件を相手に課す
【ストーゲイ】友愛的な愛。穏やかな友情的な恋愛。時間をかけて愛を育む
果たして自分はどのタイプの人間なのか、学生たちは気になるところです。回答終了後、学生たちは回答結果を各自で採点し、類型毎に尺度得点(特定の計算式によって得られる値)を算出して自分の恋愛観のタイプを診断しました。自分のタイプが判明すると、急に教室が賑やかになります。恋愛に奥手だと思っていた自分が、「エロス」だったり「マニア」だったり、意外な結果だったのか教室は大騒ぎです。
その後、先生はこの6つのタイプのうち、ルダス←→アガぺ、エロス←→プラグマ、マニア←→ストーゲイの男女の組み合わせは、お互いの恋愛観が正反対なので良好な関係を築くのが難しいことを説明していきます。恋人がいる学生は、自分の恋人がどのタイプなのか知りたくなったことでしょう。先生はそのことを察したようで、「もし自分の恋人に実施してみたいという学生がいたら、心理尺度の残部はあるので持って帰って実施してもらってもいいですが、たぶん、その場合は信頼できる結果は得られないと思いますよ。なぜなら、あなたの恋人はあなたが喜ぶように答えてしまう可能性が高いからです。」と発言されました。それを聞いた学生たちは、とても残念がっていました。
次に、先生は恋愛に関する理論をもう1つ紹介してくれました。C.E.Rusbultの理論です。これは、恋人に対するコミットメント(恋人との関係性を続けたいと思う気持ちの程度)は3つの要因によって決まるという理論です。
コミットメント=「関係性への満足度」+「投資の度合い(どれくらい尽くしたか。努力なども含む)」-「代替選択肢の存在(恋人に代わりうる人の存在)」
別れる、別れないも心理学では科学的に数値化できるようです。ここで気になったのが、「投資の度合い」がコミットメントに及ぼす影響は、女性よりも男性の方が強いということ。男性は「せっかく尽くしたのに」という強い気持ちが「この人と別れたくない」という強い気持ちにつながりやすいそうです。あまり尽くさせると、最悪の場合、ストーカーになる可能性もあるとのこと。最後に、学生たちに「その気がないのなら、尽くさせないほうがよい」とアドバイスされ、この日の講義が終わりました。
心理学がいかに自らの生活に役立つかを実感してほしい
菅沼先生は学生たちの理解度を深めてもらうために、講義で取り扱うそれぞれの心理現象について、できるだけ多くの身近な例を提示して分かりやすく説明しています。例えば「発達心理学」の回では、自分と子供との体験を引き合いに出し、親が子に与える影響を説明します。先生曰く、「学生に喜んでもらいたいんですね、笑って楽しんで理解してほしいですね。そのために、自分の子供の役を私自身が演技して、幼児期の子供が親の影響をどのようにして受けながら育つかなどを説明しています。やがて、学生の皆さんが母親なったとき、このことを思い出して育児に生かしてほしいと思います。」
とても和やかに進む講義風景。しかし、その中には先生自身の講義哲学が潜んでいました。 先生は第1回目授業のオリエンテーションの際、必ず学生たちに「私の授業は、板書→説明→板書→説明の繰り返しが基本型です。板書時間はリラックスタイムとします。このリラックスタイム中、みなさんは板書内容をノートに写しながらであれば、周りの受講生たちと小声で自由におしゃべりをしてリラックスしていただいて構いません。次の、説明時間は集中タイムとします。この集中タイム中は、私の説明を集中して聞いてください。おしゃべりは一切禁止です。声を出してはいけません。シーンとして説明を聞いてください。説明が終われば、次の単元の板書時間が始まりますので、またリラックスタイムに移行します。これを繰り返すことになります。私の授業運営のポリシーは、しっかりとメリハリをつけて、楽しく、かつ、効率的に学ぶことです。」と伝えるそうです。先生曰く、「大人であっても90分間ずっと黙って集中し続けることは困難です。授業中の知的効率を高めるためには適度にリラックスできるタイミングを設けてメリハリをつける方がよいと考えています」とのこと。このようなお考えが先生の授業運営のベースとなっているようです。なお、質問がある場合は出席カードの裏面に書いて提出してもらいます。次回の講義の始まりに、前回こういう質問があったことを話し、その解答を共有できるよう全員の前で話すようにしています。
最後に、この心理学入門を通して、学生たちにどのようなことを身につけてもらいたいかをうかがったところ、次のような言葉が返ってきました。「心理学の心や行動を科学的にとらえるという視点、そして心理学を自らの生活に役立たせるという視点を身につけてほしいと思っています。心理学は社会でどのように役立つのかをイメージできないでいる学生も多いのですが、心理学が役に立たない分野はひとつもありません。会議をどのように進めていったらいいか、会社の士気高揚をどのように図ったらいいか、消費者をどう理解したらいいかなど、今は実感できなくても心理学を学ぶことで役立つことがたくさんありますよ。」
「心理学a」受講生の声
2人の学生に先生の講義について話してもらいました。
「履修する講義を決める事前学習というのがあり、先生の心理学入門を受講しました。とにかく話してくださる内容がとても面白く心理学に興味が湧きました。私は食生活科学科ですので、将来、食品関連の営業や企画の仕事に就く可能性が高いことからも、マーケティングにおける消費者心理や消費者行動を理解する上で心理学がとても役に立つと思いました。心を科学する心理学は理系志向の自分にとても合っていると思います。」
「私は人間観察が趣味で好きなこともあり、心理学にはとても興味がありました。事前学習の印象は、ただ心理学の理論を聴くというスタイルではなく、先生の経験を生かして身近な現象から心理学をひも解く面白さや、また、学生も参加しながら心理学を学んでいくというスタイルが魅力的でした。講義は抽選になってしまって、当たりますようにと祈りました。先生の講義がベスト?ティーチング賞に輝いたというのは、講義を1回体験するだけで納得できます。」
特に、印象的な講義内容はありましたか
「認知心理学がとても面白かったです。15文字のアルファベット文字を一気に記憶するときの話です。『意味的なまとまりの単位』をチャンクと呼ぶのですが、講義では企業名のまとまりで15文字を15チャンクではなく5チャンクとして記憶できる話をされました。自分なりの意味づけをすることによって、15文字の15チャンクが、3チャンクにも2チャンクにもできるという認知の方法が面白かったです。とても得をした授業でした。さらに、自分の身近な関心事に関連付けることによって記憶が向上するという話。よく暗記法で関連づけて覚える方法がありますが、例えば元素記号を『すいへーりーべぼくのふね…』など。でもそれは他人が考えた暗記法であって、自分が考え、自分の身近なことに関連づけながら記憶する大切さを再確認できました。今後は自分なりの記憶の方法を実行していきたいと思います。」
「私は発達心理学です。先生の話を聞いて、自己分析をすることができました。自分の過去の経験、例えば幼少期の少しトラウマとなったあの経験はこういうことだったのかと改めて気がつくことができました。また、発達心理学での幼児期(1~6歳)の世界観がとても面白い話でした。少しお話すると、幼児期の世界観には大きく3つあって、一つ目は汎心論(すべてのものは生きているという見方→機関車トーマスは生きている)、二つ目は実念論(自分が思ったこと、考えたことは実在するという見方→夢と現実の区別があいまい、幽霊や妖精は実在している)、そして三つ目は人工論(世の中のものはすべて人間が作り出すことができる→魔法使いやおまじないを信じる)という話です。これだけでは理論講義ですが、人工論のとき、先生はお子さんとの体験を引き合いに話されました。出産で母親が不在となり夜眠れず不安がっているお子さんに対し、眠りの神様に出会うための魔法の氷水(ただの氷水)に呪文を唱えて飲ませることで安心して眠らせたという話です。先生が再現した演技がとても面白かったです。将来、私が母親になったら、どう子育てと向き合ったらいいかを知ることができ、とてもためになる講義でした。」
菅沼 崇 講師プロフィール
福岡県北九州市生まれ。広島大学大学院博士課程単位取得満期退学。財団法人労働科学研究所(主任研究員?研究グループ長)を経て、現在、相模女子大学人間社会学部教授?実践女子大学非常勤講師。専門は、社会心理学および産業?組織心理学。著書に、「心理学の理解(共著:労研出版)」「心理学と産業社会とのかかわり(共著:八千代出版)」などがある。
※「心理学a」は、2019年度より「心理学入門」に授業名が変更になりました