島崎あかね准教授「健康運動実習a」
「健康運動実習a」の概要
誰もが高校までの体育で一度は経験していると思われるバレーボールを通じて、「生涯にわたる健康づくり運動」の基礎を習得する。また、運動による身体活動が心と体の健康を維持するために、どのような役割を果たしているのか理解することを目指す。
楽しみながら運動が健康にもたらす効果を体感し、アレンジ力を育む。
誰もが自分に合わせて気軽に楽しめるバレーボール
「はい、ちゅうも~く!」広い体育館に、明るくもピリリと締まった島崎先生の声が響く。思い思いのウエアを身に着けた学生たちの視線が、前に立つ先生のもとに集まった。「健康運動実習a」は、バレーボールを通じて身体を動かすことの楽しさや大切さを実感しながら、健康づくりにつながる運動の基礎を学ぶもの。全15回の授業は柔らかいバレーボールを使ってボールに慣れることから始まり、パスやサーブなど基本的な技術を学んで、リーグ戦を行い、最後はチームメイトの状況に合わせたオリジナルルールをつくれるようになるまでを目指す。この日は第12週にあたり、リーグ戦が行われる。
出席を取ると、学生たちは倉庫から運んできた支柱とネットを設置して、手早くバレーボールコートをつくり上げた。それから準備運動。ストレッチで、腕や肩など部位ごとに入念にほぐす。そこかしこから楽し気な笑い声が聞こえてくる。準備運動が終わると、ボールを持ってきて2人組でキャッチボール。頭の上からボールを投げ渡したり、床にワンバウンドさせて渡したり。次に、互いに少し距離を取ってボールを打ち合う。その後、4~6人ほどのグループになって円陣パス。ネットを挟んでのサーブ練習。「どれ位入った?」と時折先生が声をかける。バレーボール経験者はダイナミックにボールを打ち、あまり経験のない学生も、先生や友達にコツを教えてもらいながらそれぞれのスタイルでサーブを打つ。体育館に、先生の掛け声と学生の笑い声、そしてボールを打つ音が響く。ここまでが、ここ数回の授業の基本的な流れだ。先生が授業を行ううえで大切にしているのが「バレーボールを楽しむ」こと。どの学生もケガなく、ボールを怖がらずに授業を楽しめるよう、準備運動や基礎技術の練習を毎回丁寧に行っているそうだ。確かに、どの学生も表情が明るく、この授業をリラックスして楽しんでいる様子が伝わってくる。
バレーボールは、ほとんどの学生が経験したことのある、身近な競技だ。「生涯にわたる健康づくり運動の基礎を習得する」ことをねらいとするこの授業でバレーボールを扱うのは、この身近さと、適度な運動量、チームプレーであること、さまざまに応用できること、などが理由である。コートをネットで区切り、自分たちのチームが与えられたエリアの中で競技を行うため、バスケットボールやサッカーほど運動量が多くない。その一方で、ボールを追いかけて走ったり、ジャンプしたり、という運動が適度に入る。何人かで集まって1つのチームをつくる競技であり、声をかけたり自分から率先して動いたりといった、チームワークに欠かせないことが自然と身に付く。また、ボールをソフトバレーボールや風船に変えることで、運動に慣れていない人や高齢者も楽しめるようになるなど、参加者に合わせた形にアレンジできる。誰もがどんな状況でも、気軽に楽しめるスポーツなのだ。
経験者もそうではない者も、自分ができることを全力で
一通り練習した後で、授業はリーグ戦に入る。リーグ戦とは、各チームがその他すべてのチームと対戦する試合形式のこと。受講している学生の中には中学や高校でバレーボール部に所属していた者もおり、まず先生がこれらの経験者を4つに振り分ける。その後、学生たちは相談しながら4つのチームのどこかに分かれる。この授業は選択制で、生活科学部のさまざまな学科?学年の学生が受講している。学生にとっても、ここで初めて顔を合わせる人の方が多いが、話し合いながら自分がどのチームに所属するかをそれぞれ決めていく。 各チーム6~7名のメンバーが固まると、先生が今日のポイントを学生に説明した。「6名がコートに入り、横並びにならないよう分散すること」「ボールの行方に対して身体ごと向けるように心がけること」「取るよ、とか、お願い、などの声掛けをすること」の3つだ。そのほかの注意点を説明してから、ゲームスタート。2面のコートにチームが散らばっていく。
ゲームが始まると、バレーボール経験者はもちろん、学生それぞれが自分のできることをしようとがんばる様子が繰り広げられる。誰かのサーブが決まらなかったり、コートに飛んできたボールを落としてしまうと、誰からともなく「ドンマイ!」の声があがる。スパイクが決まったり、ギリギリのところに打ち込まれたボールをうまくつなげた時は「ナイス!」と歓声。確かに、経験者とそうではない者の力量の差は感じられるものの、経験者はうまくフォローしたりサーブの加減をしてゲームを回し、バレーボールにあまり慣れていない学生も経験者に頼りきりにならず、ボールに向き合ってゲームをつなげていこうとする姿勢が感じられる。走ってボールを追いかけ、腰を落としてボールを受けたり、ジャンプしてボールを打ち込んだり。全身をフルに使って、学生たちは競技に打ち込む。
各チーム3回のゲームが終わると、「最後は、好きな人同士でチームを組んでみましょう」と先生の声が。そして先生も参加して最後のゲームが開始。きゃあきゃあと声をあげながら、皆がバレーボールを楽しむ。先生が参加しているチームでは、学生がナイスプレーを決めるたび、先生とハイタッチ。まるで仲間の一人のように、先生が自然に学生たちの間に溶け込み、一緒にバレーボールを楽しんでいる様子が感じられる。
ゲームが終わると、片付けの時間。学生たちは手分けをして、ボールをかごに戻し、支柱からネットを外してそれらを倉庫へ運ぶ。手の空いている学生は床のモップ掛け。皆きびきびと、どこか楽しそうに身体を動かす。「どんな活動も準備をして片付けるまでが流れ」ということも先生の指導の一つ。やがて、少し前まで白熱したゲームが展開されたことが想像できないほど、体育館はきれいになった。先生は学生たちを集め、クールダウンのストレッチをした後、「ボールをなるべくノータッチで床に落とさないように最後まで追いかける」「いつでも動ける体勢を取る」と、次回の授業で課題として意識してほしいポイントを説明。水分と塩分をしっかり摂り、屋内外の温度差に気を付けて熱中症を予防すること、と説明があって、授業が終わった。タオルで汗を拭きながら体育館を出ていく学生たちの身のこなしはどこか軽やかで、表情もすっきりしているように感じられた。
基礎をアレンジして臨機応変に対応する力も身に付けてほしい
研究者としての島崎先生のテーマは「中高年齢者における生活習慣病の予防?改善と運動の関係」。健康的な生活を送るためにはどんな運動が効果的か研究しているとのこと。そんな先生が近年、懸念しているのが、身体を動かす機会が日常生活の中から急速に失われていることだそうだ。「ちょっとした移動の時にも車を使ったり、駅でも階段ではなくエスカレーターやエレベーターを利用したり。けれど、動かさないと身体機能はどんどん失われてしまいます」また、学生をはじめとする若い人たちについては、見た目を気にするあまりに体力を落としかねない極端なダイエットを行ったり、汗をかきたくないといった理由で身体を動かすこと自体を避けたり、などの様子が見られることも気になる、と先生は言う。
「その一方で、個人としての体格も確立されてくる学生の年代は、“自分が健やかに暮らすためにどの程度の運動が適しているか”を把握するのに最適な時期。だからこそ、体験を通じて運動が身体にどんな影響をもたらすかを知ってもらいたいのです」と先生は続ける。「自分の身体をどのように使えばどんな変化があるかを理解しておけば、ちょっとした衰えや不調を感じた時に自分で対処しようと考え、工夫するようになるでしょう。それはこの高齢化時代の中で学生たちの支えとなり、健康寿命を延ばして自分の身体を活用しながら自分らしく生きていくことにつながるのではないでしょうか」
そんな考えのもとで指導に当たっている「健康運動実習a」で、先生が何より重視しているのは、前にも述べた通り「バレーボールが上手になる」ことではなく「授業の時間を楽しむ」こと。最初の時間に、“技術の上手い下手を評価対象にするわけではない”と学生に話をするそうだ。実際に先生のもとには、スポーツは苦手だったけれど、この授業を受けて身体を動かすのが楽しいと思った、という声も寄せられるという。楽しみながら取り組んだ方が身体をのびのび動かせるし、自分の体力や運動神経のレベルに合わせた運動を自然と把握できるようになる。それに、楽しくなければ、何かの時にもやろうとは思いませんよね、と先生は笑う。
生涯にわたる健康づくりの基礎を身に付けることのほか、先生が学生に期待しているのがアレンジ力。「自分や周りの人がどうすれば楽しみながら、健康を維持するなどの目的を達成できるかを考えて、基礎知識を状況に合わせて応用できるスキルを養ってもらいたいのです」と先生は語る。「この授業は、生活科学部の学生を対象にしたもの。彼女たちの多くが卒業後、栄養士や教員など、ときには自分が所属する場をリードしなければならない職業に就きます。その時に彼女たちの支えとなる、“臨機応変に対応しながら皆をより良い方向に導く力”を、授業などを通じて養ってもらえたらいいな、と考えています」
「健康運動実習a」受講生の声
バレーボール経験者もそうではない学生も受講している「健康運動実習a」。話を聞いた学生のうち、井上さんは小学校から高校までバレーボールをしていた経験者、佐藤さんは中学校?高校ではバレーボールではない運動部に所属していたそう。「ずっとこの授業を受講したかったけれど、必修授業との兼ね合いでなかなか受けることができなかった。ようやく受けられてうれしい」と井上さん。佐藤さんは身体を動かす時間をつくりたいと思っていたところ、井上さんに誘われて受講したとのこと。「実際に受けてみると、井上さんのような経験者もいて力の差はあるけれど、それでやりづらいということはありません。段階を踏んで学んでいるので、少しずつプレーができるようになってきたと感じます」それから、いろいろな学科や学年の学生と一緒に受講できることもいい、と佐藤さんは続ける。「普段接する機会がない人とも話をする機会になっていて、たくさんの刺激を受けています」
先生は一人ひとりに目をしっかり配っていて、自分に合わせた指導をしてくれるのでとてもわかりやすい、と井上さんは言う。「アドバイスが的確で、“こうしたらいいよ”と教えてくださったことを実践すると確実に技術力が上がる。学生の個性を理解して、それを活かしてくれる感じがします」学生との距離が近くて、話していると元気をもらえる、と佐藤さんも語る。二人とも、普段、あまり身体を動かす機会がないため、この授業を受けると身体が硬くなっているのを実感するそう。それに、ストレスが発散できて気分がすっきりすることも感じる、と言う。「運動の大切さがよくわかったので、これからも自分で積極的に身体を動かすようにしていきたい」「バレーボールの知識も身に付いたので、地元の友達と遊ぶ時などに活かしてみたい」といった声が寄せられた。
島崎あかね准教授のプロフィール
日本体育大学体育学部社会体育学科卒、日本体育大学大学院体育学研究科修了、東京農業大学大学院農学研究科環境共生学専攻博士後期課程修了。日本体育大学、大妻女子大学等を経て、2016年実践女子大学に着任。所有資格は健康運動指導士、レクリエーションインストラクター、日本体育協会バレーボール指導員など。著書に『〈ねらい〉と〈内容〉から学ぶ 保育内容?領域 健康』(共著、わかば社)がある。趣味はドライブという、根っからの行動派。