永井 とも子 非常勤講師「伝統文化の理解と実践」
伝統文化の理解と実践—「伝統文化の精神とマナー」に学ぶ— の概要
「本物を体で感じ覚える」をテーマに、日本の伝統文化の精神と、そこにつながる儀礼文化や年中行事?歳時記、基本的な作法などを学ぶ。そして本学創始者?下田歌子先生が掲げた「凛とした品格を備えた女性」となることを目標に、社会のさまざまなシーンに対応できるマナーや教養を身につけた「大人の女性」としての基盤を築く。
「なぜ」を理解し、応用の利く知識とマナースキルを習得。
学生一人ひとりを見つめて、「品格ある女性」へと成長に導く。
ネットで調べて得られるのはHow Toのみ。「なぜ」を知ることが本物の力に
ノックの後、講義室に入ってこられた永井先生はクリーム色を基調とした涼やかな着物姿。胸を張り背筋を伸ばしたそのたたずまいは、凛として美しい。「よろしくお願いいたします」という落ち着いた声と穏やかな笑顔からは、親しみやすさと、つい頼りたくなるような温かさが感じられた。
実は、先生は実践女子短期大学(現?実践女子大学短期大学部)の卒業生。本学の学生にとって、先輩にあたる方である。先生の原点は、学生時代に着付けを学んだことだそうだ。そこから日本の伝統文化や儀礼文化に関心を抱き、知識を深めていったという。「茶道や華道、着物などに代表される伝統文化と、社会の秩序を保ち人間関係をスムーズにするために生み出されて、時代に合わせて変化しながら発展してきた儀礼文化。それらはさまざまな面でつながっており、学ぶべきことが次から次へと現れて“ここで終わり”ということがない。その点に、このテーマを追究する面白さを感じております」
講義では、初めに伝統文化や儀礼文化の基礎を押さえてから、それらの知識とともに具体的な礼儀作法(マナー)を学ぶ。そうして15週間かけて、「大人の女性」として社会で活躍するための基盤をつくり上げていく。「伝統文化や儀礼文化は現在の私たちの生活にも根づいていますから、ここで学ぶ前から知っていることもあるかもしれません。反面、知らないことも当然あるでしょう。これから社会に出て活躍するために何が必要か、そして現在の自分に備わっていないものは何か。それを理解して、自分に不足しているものは着実に身につけてもらいます」
講義の中で大切にしていることの1つが「なぜ、そうなっているのか」の理解、と先生は続ける。「例えば、茶道のお茶会に参加する際、お茶をいただく時に受け取ったお茶碗を手の平の中で回すのが作法です。これについては何となく知っている人もいるかもしれませんが、“なぜ、回すのか”を理解している人はそれほど多くありません。回し方は、表千家に裏千家といった流派によって異なるので、さまざまな流派の方が集まるお茶会であれば、自分はどうしたらいいのか困惑してしまうでしょう」だから、“なぜ、回すのか”という根本的な知識が必要です、と先生。茶碗を受け取った時、自然に口元に来るのが一番良いところだが、そこにそのまま口をつけると失礼になる。したがって、回してその部分を少しよける。これを知っていれば、“どの方向に回しても良い”と判断して対応できるのだ。
「本学の学生は伝統文化や儀礼文化への興味があるし、礼儀作法を身につけたいという意欲も感じます。その一方で、どこでどのように学んだらいいのかわからなかった、という声を耳にすることも多いです」ちょっとしたマナーなどはインターネットで調べることもできるが、そうして得られるのはそのシーンだけで通用するHow Toのみ。そのマナーの根底にある「なぜ、そうしなければならないか」まではわからないため、表面的な知識にとどまってしまう。すると、状況が変わった時や想定していなかった事態に直面した時に知識を応用して対応することができない。系統だてた学びができる講義だからこそ、「なぜ」を理解してもらうことに重点を置いています、と先生は語った。
一律の基準で評価せず、それぞれの学生が「どれだけ成長したか」を見る
礼儀作法はできて当たり前と考えている学生もいると思うが、先生の目から見ると「礼儀作法になっていない」場合が意外に多いそうだ。「例えば、就職活動の集団面接などでは、名前を呼ばれた時に手を上げて“はい”と答えるシーンがよくあります。本人はできているつもりかもしれないけれど、手を上げる高さが足りずに確認できなかったり、応答の声が小さくてよく聞こえなかったり、ということが少なくありません。本人にやる気があっても、その表現がうまくできていなかったら意欲が相手に伝わらず、もったいない。ですからこの講義では、出席を取る際に頭よりも高く手を上げて、“はい”とはっきり声を出してもらうこともマナー指導の1つとしています」学生が慣れて上手にできるようになっていくと、「学科と学年も名乗ってください」「今回は大学名も言ってください」と、毎時間異なるお題を出すそうだ。それは状況に合わせて瞬時に対応できる力を磨くため、と先生は解説する。
そのほかユニークな取り組みの1つに「1分間スピーチ」がある。これは学生を3つのグループに分け、毎時間、1つのグループの学生全員が「自己紹介」や「趣味」など設定されたテーマについて1分間のスピーチを行うものだ。この時、待機する際の姿勢や、発表時のあいさつの仕方についても指導が行われる。最初は自分の名前を言うのがやっと、といった感じの学生も、回数を重ねるうちに堂々と胸を張ってスピーチを行い、やがては先生がその場で出したテーマについても即座に対応できるまでになるという。「先生の講義を受けたいけれど、人前でのスピーチに自信がないから受講を悩んでいる」という相談も少なくないが、そんな時、先生は「できないから練習するんでしょう? できなくても許される学生のうちにやらなくてどうするの」と学生を勇気づけるそうだ。
「わたくしは授業中の姿勢や、服装などについても指摘します。そこで学生に身につけてほしいのは、その場にふさわしい服装や立ち居振る舞いはどんなものか、自分で考えて対応する力。“あなたが真面目にこの授業を受けようとしているのはわかります。でも、そうして頬杖をついたり、崩れた姿勢で席に着いていると、その気持ちが相手に伝わりません。誤解されてしまい勿体ないでしょう。”と伝えると、学生もなぜ指摘されたのか理解します。そうして講義を重ねるうち、学生たちの様子が目に見えて変わってくるんです」
受講前の伝統文化や儀礼文化の知識量、礼儀作法の習熟度は学生一人ひとり異なる。だから先生は一律の基準を設けず、講義の中でそれぞれがどのくらい成長したかを評価するという。受講後のアンケートで、「これまでで一番厳しかったけれど、一番充実した、学びがいのある講義だった」という声もたくさん寄せられるんですよ、と微笑んだ先生の表情は、確かな喜びにあふれていた。
オンラインお茶会も実施!これからの時代に合わせたマナーを身につけられる場に
この講義では、伝統文化や儀礼文化の「体験」も、重要な学びとして位置づけられている。結婚式やお葬式での受付を想定して筆ペンで記帳を行ったり、講義室に畳を敷いてしつらえた和室でふさわしい所作を意識しながら花を活けたりお茶をいただいたり、といった演習がカリキュラムに組み込まれているのだ。しかし2020年は新型コロナウィルス感染症への対応により、この講義も全時間オンラインで行われることになった。これも良い機会と受け止めて、Zoomによる双方型講義に積極的に取り組んだ、と先生は振り返る。「これまでこの講義では、学生と直接向き合うことできめ細かな指導を行ってきました。けれど新型コロナの影響で、今後はオンラインでコミュニケーションを図る機会が格段に増えていくでしょう。すると、オンラインでの適切な振る舞いが求められるようになると予想されます。それならばこの講義を、新たな時代に合わせたマナーを習得できる場にしたい、そう考えたのです」
オンラインでコミュニケーションを図る時の身だしなみはもちろん、失礼にならない「背景」はどんなものか、といったことを考える時間も設けたそうだ。さらに、これまで演習で行ってきた体験型学習もZoomを利用して実施した、というから先生のバイタリティに頭が下がる。「例えば茶道の演習として行ってきたお茶会については、今回、わたくしの自宅の和室をお茶室のように仕立ててお茶を点てる様子をZoomに表示しました。お茶が回されてきた時は“ちょうだいいたします”とあいさつをする、というようにお茶席での流れも解説し、あいさつはみんなで一斉に声を出して行ってもらいました」
大切なのは“これまで経験したことのない状況にも挑戦してみよう”という気持ち、と先生は語る。オンラインでのコミュニケーションについても同様だ。就職活動でもオンライン面接を採用する企業が増えているが、“自信がないから、そういった企業は受けない”という学生の声もまま耳にする、と先生は言う。「けれど、それではせっかくのチャンスを自ら放棄しているのと同じ。そういう学生には、“いくらでも練習につき合いますから、オンライン面接に挑戦してみましょうよ。失敗してもいいじゃない、トライしましょう。”と声をかけます」学生は失敗が許される立場。そして失敗は、経験値として自分の中に積み重ねられるものでもある。だからまず挑戦しようという気持ちを大切にしてほしい、と先生は語る。
「その一方で、“基本”を身につける意識はこれからも持ち続けてほしいですね。オンラインコミュニケーションと同様に、今後はグローバル化もさらに進んでいくと考えられますが、それでも日本社会の中で伝統文化や儀礼文化は受け継がれていくでしょう。日本人としてどのような知識を持ち、どのように振る舞えばよいか、という基本をきちんと身につけていれば、海外の方とコミュニケーションを図る時も、相手やその時々の状況に応じた対応を自分で考えることができます」先生は、「留学から帰国した学生がこの講義を選択するケースが多い」という興味深い話も教えてくれた。「留学先で、“日本の人だから当然、着物やお茶、生け花などの知識を持っているだろう”といろいろ聞かれたけれど答えられなかった、という経験をして、“こんなことでは自信をもってグローバル社会に飛び込むことはできない、勉強しなければと思った”という学生がとても多いのです。自分の国の文化をよく知り大切にできなければ、相手の方の国の文化を尊重することもできない。ですから、まず自分の国の伝統文化や礼儀作法に関心を持ってくださいね、と学生に話しています」
創始者?下田歌子の想いを理解し、充実した学生時代を過ごして、輝く未来へ
受講する学生には、なにより「実践女子大学の学生である」ことに誇りを持ってほしい、と先生は語る。「自分が本学の学生であるとはどういうことか、その意義を理解するために、まずは創始者?下田歌子先生がどのような方で、どのような想いを込めて本学を創立したかを紐解いてほしいと思います。下田先生は、日本の文化が変革の時期を迎えた明治時代に、時の天皇が国づくりの見本にしようとしたヨーロッパにわたりいろいろな経験をする中で、“これからは一般の女性の教育が重要である”という考えを持つに至って、家庭だけでなく広く社会に貢献する “品格高雅な女性”を育成するためにこの本学をつくりました。では、品格高雅な女性とはどんな人か。わたくしは、さまざまな分野の知識と行動力とともに、人に対する思いやりと、それぞれのシーンに適切な振る舞いができる力を併せ持っていることだと考えます。どのように学び、何を身につければ下田先生が育成を目指した人材になれるのか。そう意識すると、意欲的に、そして能動的にいろいろな学びに取り組むことができるでしょう」
すると同じ4年間でも、得られるものの大きさや密度が変わってくる。「積極的に学んで充実した学生生活を送り、思い描いた未来をつかんでほしい。そのための“意義ある学び”を実現するサポートを、惜しみなく行いたいと考えています」導き手として、また先輩として。学生たちの背中を押す存在でありたい、というあふれるような熱意が、温かな言葉から伝わってきた。
永井 とも子 非常勤講師プロフィール
実践女子短期大学(現?実践女子大学短期大学部)卒業。各国大使館の文化交流担当、講談社きもの本、業界誌着装担当、衆議院議員国会事務所秘書等を経て、2010年、本学非常勤講師に着任、現在に至る。儀礼文化や有職文化、衣紋道髙倉流の研究に従事するほか、国際的なパフォーマンス学も研究。教育活動においては、伝統文化の継承や礼法基礎教育、コミュニケーション力の向上を目標に総合的な指導を展開している。「日本の伝統文化から内面の美しさを」「日本の伝統文化?礼儀作法を身につけ、世界に羽ばたく人間を育てる」を理念に、特定非営利法人インターナショナル儀礼文化教育研究所を設立し、理事長も務める。NHKBS海外向け番組「クールジャパン」等にも出演。著書に『儀礼は人生を拓く—明日のあなたのために』(ヒーロー出版)など。