松田 純子 教授 「保育原理1」「保育原理2」
「保育原理1」「保育原理2」の概要
保育とは、幼い子どもの生命を保護し、その心身の健全な成長?発達を促す養護(care)と教育(education)とが一体となった営みである。「保育原理」の授業では、保育に関する基本的な内容について総合的に学習する。
「保育原理1」は、保育士資格及び幼稚園教諭一種免許を取得するための必修科目で、保育の対象となる「子ども」への理解を深め、保育の意義について考える。また、乳幼児期の子どもの保育の基本について、幼稚園教育要領、保育所保育指針、幼保連携型認定こども園教育?保育要領等に学び、保育の内容と方法の基本を理解する。さらに、西洋や日本の保育の思想や歴史、保育制度について学び、保育の現状と課題を考察する。
「保育原理2」では、「保育原理1」に引き続き、子どもの発達や子どもにとっての遊びの重要性、望ましい保育の環境や保育者の専門性等について理解する。また、現在ある多様な保育の方法や考え方を概観しながら、子どもにとって真に望ましい保育の内容と方法について考察し、保育に対する理解を深めていく。
確かな知識と高い理念を身につけた
保育のプロフェッショナルを育成
子どもの「養護」と「教育」という2つの重責を担う「保育」
「子どもが好きなので」
保育士や幼稚園の先生になりたい、と思う学生の志望動機でよく聞かれる言葉である。もちろん子どもに関わる仕事なのだから、「子どもが好き」でないと務まらない。しかし、「子どもが好き」なだけでは務まらないのが「保育」という仕事である。
世間から「子どもと遊んだりして楽しそう」といったイメージを持たれがちな「保育」。もちろん純粋に楽しんでいる子どもに接するのは楽しい。しかしそれは一緒に遊びを楽しむというより、その「遊び」を通して、人間がその後何十年にも亘って生きていくための基礎能力を培うべく、導いているのである。
「遊びには発達に必要な要素が多く含まれています。遊びの中で子どもたちは学び、成長を遂げていきます。どの子どももその子どもらしく、のびのびと遊び、生活することができる環境を提供するのが保育者の役割と考えます」
「遊び」は保育において重要なテーマである、と先生は強調する。
保育には、生命の保護を含む「養護」、そして「教育」という重い任務が2つもある。しかも対象が「人間の基礎」を作る時期の子どもである。「子どもだから適当に」ではなく、「子どもだからこそきちんと」対応しなければならない。先生はしばしば学生に「人間の成長発達の大事な時期に関わるのが、皆さんたちです」と保育者の重要性を諭す。
保育は社会にとって重要だからこそ、様々な指針や規定が国で定められており、保育者になる者はそれをすべて学んで理解し、国家資格である保育士資格や幼稚園教諭免許状を取得する必要がある。「保育原理1」はこの資格取得に必要な講義である。
厚生労働省管轄の保育所、文部科学省管轄の幼稚園に加えて、近年の課題に応える形でできた内閣府管轄の幼保連携型認定こども園と大きく3つの保育施設があるため、それぞれの国のガイドラインである保育所保育指針や幼稚園教育要綱、そして幼保連携型認定こども園教育?保育要領を学ばなくてはいけないのが、昨今の保育者たちである。
さらに10年毎にその指針や要領が改定(訂)されるので、それに伴い授業内容もアップデートしなくてはならず、改定(訂)後の今年の同授業は受賞した昨年の内容からアップデートされている。
「保育所保育指針、幼稚園教育要領の改定(訂)に伴い、保育士養成及び幼稚園教諭養成のカリキュラム改訂がなされ、『保育原理1』の教授内容も今年度から変更した部分があります。厚生労働省(保育士養成課程)、文部科学省(幼稚園教諭養成課程)それぞれが求める教授内容を必ず含むことになり、それに従った変更を行いました。具体的には、昨年度までは保育の対象である『子ども』って何だろうというところから授業を始めていたのですが、今年度は保育の理念や社会的役割、制度的な位置づけなど、少々固いテーマから始めています」と固い授業内容が学生の意欲を損なわないかと、少し先生は心配のようだ。
「子ども」のイメージを持つために—昔話の「読み聞かせ」—
その分、資格や免許を取得するための必修科目ではない(選択必修科目の)「保育原理2」は、学生の保育への意欲や興味が増すような内容で構成されており、さらに授業は、前期の「保育原理1」から引き続きで、毎回冒頭、先生による昔話の「読み聞かせ」で始まる。
「読み聞かせ」は学生たちの間でも好評で、この授業の大きな特徴である。受講学生の中には先輩から「読み聞かせの授業が面白いよ」と勧められた、と言う学生もいた。
「『保育原理1』『保育原理2』は、理論と実践の理論部分の授業ですので、子どもの姿が見えない話になりがちです。そこで、授業の始めに昔ばなしの読み聞かせを行っています。子どもの頃に読み聞かせを経験して以来、久し振りに読んでもらう経験は学生にとって新鮮であるばかりでなく、子どもの頃の自分を思い出したり、やがて読み聞かせる立場となる自分を想像したりと、わずかな時間ながら、授業の導入に効果的な役割を果たしています。その他に、できるだけ実際の子どもや保育に関わるエピソードを交えるように努めています。また、映像資料も用いて、『子ども』のイメージが持てるようにしています」
常に学生に「子ども」のイメージを念頭に置いてもらうよう、松田先生は授業に工夫を凝らしている。今後は知識伝達型の一方向の授業に偏らないように、ディスカッションの機会も増やしたいそうだ。
実例から実践的知識を得る
「保育原理2」は、保育の根幹ともいえる理念や価値観、また過去や海外の実例から学ぶ実践的理論で構成されている。
「本学の保育実習の要件として、保育士資格を取得する学生には履修するように指導しています。管轄官庁の縛りがないので、今般の保育現場の動向から押さえておいた方がよいと思われる内容を含めて再構成しました。具体的には、より実践的な子どもの理解、子育て支援、保幼小接続などのテーマが新しく加わりました」
実例を用いての講義は、座学といえどもかなり実践寄りだ。例えば、「発達」がテーマの日の授業では、アメリカの小児科医?発達心理学者ゲゼル(Gesell,A.L.)の有名な実験を取り上げ、その結果と結果を知って考えた事を学生に問う。筆者も非常に面白いと思ったので、これを読んでいる皆さんも一緒に考えてみてほしい。
【問題】一卵性双生児の一方(T児)には、生後46週から6週間階段上りの訓練をし、もう一方(C児)には、その間訓練せず、その後2週間の訓練を行いました。その結果、Tは6週間の訓練後26秒で階段を登りました。Cはどうだったでしょうか。(一卵性双生児は、遺伝的には同じと考えられています)
ア Cの所要時間もTとほとんど同じだった
イ CはTの2倍ほどかかった
ウ CはTの半分以下で登れた
エ その他
結果は、「ウ」である。これは「訓練は早くからするのが良い」という誤解をあらためるもので、「適切な成熟の時期を待つことの重要性」を示している。他に実際に日本で保護されたネグレクトを受けた子どもに関する問題もあり、社会の課題にも一保育者として向き合い、対処できるような考察力を養う。
実際の事例から裏付けとなる理論をきっちりと学び、さらに自分事として考えることで知識が身につくだけでなく、保育者としての自覚を持つことができ、受講生からも大変役立つと好評である。
思慮深さや教養を身につけ、人間としても大きく成長
関わる相手が子どもである、ということは、高いコミュニケーション能力が必要とされる。そのため「保育原理1」も「保育原理2」も、「広い視野で多面的に考え、本質を見抜くことができるようになる」という難易度の高い能力の習得が目標に掲げられている。
「そういった能力は日々の保育の様々な場面で必要になると思います。表面的に目の前の現象を見るのではなく、それまでの経緯や原因、これからの見通しなどを考えて、今ここでは何が大切なのか、どのように対応すべきか、保育者はいつも問われています。経験の浅い、幼い子どもたちと関わる保育者であるからこそ、思慮深さや教養を身につけた大人であってほしいと思います」と先生。
加えて、保育者たちにとって、子どもの親たちも重要なコミュニケーション相手である。特に昨今は親たちに対して、専門家として論理的に説明できる能力も必要とされる。
「講義内容を理解した上で、自分の言葉で説明?論述できる力を養ってほしいと思い、試験は〇×や穴埋め問題などよりも、理解を問う論述形式の問題を多くしています」
学んだ基本的な専門用語や事柄は知識として定着させる必要があるため、試験の評価比重を上げたそうだ。
このような高度なコミュニケーション能力は、子どもに対してだけでなく誰にでも、どこでも通用するスキルであるが、人間形成の基礎となる時期の保育を担う保育者は、こうした高いスキルに加えて高い理念も必要である。「保育者としての自覚を持ち、人間性を高めようとする態度」の習得という、一見高度過ぎるような授業の目標にも深く納得できる。
「人を育てる者は自らが育てられる人でもあると思います。保育の学びは、保育現場で生かされるばかりでなく、きっと一人ひとりの学生の人生でも生きてくると思います。将来、親になる人もいるでしょう。親にならなくても、子どもに限らず人と関わり、援助や支援をすることにさほど抵抗はないはずです。そして、相手に寄り添い、親身に関わることで、自分自身が受け取るものの大きさ、尊さを実感できるだろうと思います。そのような姿勢は、どのような職場、どのような立場にあっても、今後の社会で重要になっていくと思います」
先生は繰り返し、自身の授業だけではなく、その他の授業や経験も含めての4年間が学生を成長させる、と言う。
「4年間を通して、様々な授業や実習体験等を経て成長していく学生たちの姿をこれまで見てきました。また大学の授業だけではなく、私たちの見ていない学外での様々な経験も、学生たちを成長させているのだろうとも思います」
学んでいる時も、社会に出た時も、関わることで人間的にも大きく成長できるのが、「保育」の大きな魅力なのである。
少子高齢化が加速する現代の日本において、保育の重要性は高くなるばかりである。にも関わらず、高度な専門的能力を身につけた保育者たちにとって、現状の社会はあまりにも課題が多い。
「保育者の待遇や特に都市部の人手不足の問題は、本当に大きなマイナスの影響を生み出していると思います。良い保育は、保育者の余裕から生まれると言っても過言ではないと思います。もちろん処遇改善やキャリアアップ研修など、様々な取り組みがなされているところですが、現在の保育現場は、余裕のない場になっているような気がしてなりません」
多くの専門的知識や教養を身につけた実践女子大の学生にこそ、社会に出て、そんな現状の課題を改善する中核を担ってほしい、という先生の声に少し熱がこもったように思えた。
受講生の声
ある受講生は、受験の時から様々な大学のオープンキャンパスを周り、その時に松田先生と話す機会があり、「この大学でこの先生の授業を受けたい」と思ったのが決め手だったそうだ。
やはり「読み聞かせ」は学内でも有名で、この講座の人気の理由のひとつだそう。大きくなってからはほとんど聞く機会のない童話や昔話を聞くことで、そのスキルや知識の習得のみならず「子どもの頃の気持ちを思い出す」と、先生の言う「子どものイメージを持つ」という目的が達成されているようだ。
実例を挙げての授業内容は、わかりやすいだけでなく「自分ならどうするだろう」と当事者意識で考えさせられるので、実際の保育のプロの対応を学び、目から鱗が落ちることもしばしばだとか。また、最近の事例で保育現場の現状がわかり、自分たちの時代との比較もできると言う。これらは今後実際に保育者となった時に「自分の大きな支えになるだろう」と自信につながっていることがうかがわれた。
ただ何よりも皆が揃って口にしたのは、先生の笑顔と人柄の良さである。「先生の存在自体が癒し」「リラックスして受講できる」「どこで見かけても温和なのがすごい」「先生のような人になりたい」と、松田先生はもはや教員の枠を超えた存在のよう。そのため保育者として社会に出た後も、先生のところに相談にやってくる卒業生は、後を絶たないのだとか。
松田純子教授プロフィール
研究分野:「保育学」、「幼児教育学」
最近の研究テーマ:保育文化の考察と保育モデルの探求
お茶の水女子大学家政学部児童科卒業、ノースカロライナ大学シャーロット校児童家庭発達専攻を経て、ミルズ大学大学院幼児教育専攻修士課程修了、Master of Arts取得。 また、保育に関する2つの資格- Parent Effectiveness Training Certificate およびParents as Teachers Program Certificateも取得。
実践女子大学生活科学部准教授を経て、2014年より現職。
日本幼児教育学会(2013)、日本家政学会(2006)、日本保育学会(2002)、保育研究所(2000)、日本発達心理学会(2000)、全米乳幼児教育協会(1999)所属。
文部科学省 教科用図書検定調査審議会委員を務めるなど、学外でもアドバイザーや講演など精力的に活動。
「新基本保育シリーズ?「保育実習」」(編著:中央法規)、「保育者をめざす人の保育内容『言葉』第2版」(共著:みらい)、「保育?教職実践演習—自己課題の発見?解決に向けて」(共著:萌文書林)など著書等出版物多数。
論文:
「保育の実践と子ども理解—保育者Vivian Paley の保育実践から考える—」(『幼児教育学研究』第21号)
「幼児期における基本的生活習慣の形成—今日的意味と保育の課題—」(実践女子大学生活科学部紀要第51号)
「日本とアメリカの子育ての比較に関する考察」(ミルズ大学院研究論文)、「アメリカの教養教育リベラル?アーツとは」(教育の原点を求める研究会機関誌「アガトス」第1号)
など他多数の論文を発表。
趣味は歌舞伎などの日本の伝統芸能鑑賞、短歌など。