春の星
春の星
春は別れと出会いの季節。最も自分以外が揺れ動く季節。繰り返す日常の節目に、偶然を愛したいと思ったことはあるか。信じるよりも、強く抱きしめたいと思ったことはあるか。
空港の5階。大きなガラスの窓からは飛行機が並ぶ景色を一望できる場所。朝、アルバイトの前に立ち寄って眺める。私の最近のルーティン。
その日、私がいつも通りに立ち寄ると、アルトサックスのチューニングが聞こえた。見たところ、演奏会をするようでパイプ椅子が参列してあった。眠気がまだ冷めない頭でチラシを見ると、ちょうどバイトの終わる時間に二回目の公演をやる予定があった。しかも、演奏者は音大生。これは見て損はない、むしろ良い機会だ。今日のタイムスケジュールに「演奏会」と頭に刻み、その場を後にした。
時間ぴったりにタイムカードを切って、足早に、いや、駆け足で従業員用のロッカールームに向かった。自分でも信じられないくらい浮足立っていた。着替えを済ませて、5階に向かった。フロアは観客でほとんど埋め尽くされており、指揮者が自己紹介をしている最中だった。まだ、はじまってない、よかった。息を整えて端っこの方で、ギリギリ見える場所で演奏が始まるのを待った。
1番最初の曲は行進曲「ナイルの守り」。マーチの曲も、吹奏楽も懐かしかった。中高で部活に入って、大学ではやらなかった。久々に触れる青春の音色に、心が熱くなった。懐かしさがこみ上げてくるだけなら、良かった。2曲目は「Take off」。吹奏楽コンクールの課題曲にもなった曲。金管楽器と木管楽器の交互に変わるメロディー、オーボエのソロパート、リズミカルな細かいタンキングと連符。この曲をやったことがあったわけじゃない。ただ、演奏者としてここまでの音楽を作り上げる苦労を少なからず知っている。合奏も分奏も個人練習も多くの時間を費やして、出来なくて苦しむことも、一緒に練習する楽しさも、あの時の情景が目に浮かんだ。五線譜が見えた。そうだ、こんな音楽を作りたかった。こんな音を奏でたかった。コロナで演奏会もコンクールも十分に出られなかった高校時代は、モチベーションが下がって不完全燃焼のまま終わった。くすぶっていた心の奥が、ひとつひとつ響いた。届いた。私に足りなかったもの、これだったって。
演奏会は1時間ほどだった。その間、ずっと立って聞いていた。疲れよりもアドレナリンのようなものが出ていた気がする。帰り際、家に着くまで聞いた曲のすべてを忘れることはなかった。音が耳に残り続けて、心は高揚感のまま。朝、5階に行くルーティンが無かったら。空港で働いてなかったら。出会いや縁に、恵まれていると感じたことは何度もあった。ただ、この日は強く思わずにはいられなかった。この偶然が、私にチャンスをくれるから。きっかけをくれるから。今を突き動かす理由に十分なり得るから。私は、まっすぐ進めると信じることが出来る。光になれる。だから私は、偶然を愛さずにはいられない。
ペンネーム:さくらんぼ