<研究室訪問>松浦常夫教授
実践女子学園では、多くの教員が各分野において最先端の研究を行っています。
今回は、人間社会学科の松浦常夫先生に研究内容についてお聞きしました。
「高齢ドライバーと交通安全」を
心理学の視点から見つめ、提言する
近年、高齢ドライバーと交通安全について社会の関心が高まっています。
このテーマに以前から取り組んできた松浦先生は、各種メデイアで発信するほか、警察庁の有識者会議でも提言を行っています。
高齢ドライバーのリスク、また長く運転を楽しむ方法について語っていただきました。
先進国の中でも高齢化が進む日本では、高齢ドライバーによる死亡事故の発生件数も多い傾向がみられます。特に、75歳以上でリスクが高まることも統計的に示されています。なぜ高齢になるとリスクが高まるのでしょうか。まず、老化により視力や判断力、反射力といった心身機能が変化し、これにより運転技能が低下する、といった生理的要因が挙げられます。そして心理的な面では、自身の心身機能が以前と比べ低下している自覚はあるものの、その程度を実際よりも軽く見積もっている、という点が指摘されます。「長年運転してきたから大丈夫」という声もまま聞かれますが、熟練度が安全運転につながるのは60代位までで、75歳を超えるとそれよりも心身機能の低下が運転技能に影響を及ぽすようになることが各種調査でも確認されています。(下記[DATA]参照)
したがって高齢者が安全運転を行うためには、自分の状態を冷静に把握しそれに即した運転を行うことが大切です。そこで私がお勧めしているのが「補償運転」です。これは心理学でいうところのセルフ?レギュレーション(自己調整)の一つで、高齢ドライバーが自身の認知?判断能力や運動能力の低下などを自覚し、無理をしない運転行動を心がける、というものです。
しかし、運転には慎重さと同時に、適切なタイミングで合流などを行える判断力や決断力、周囲の流れを乱さず運転する操作性などが求められます。補償運転はできてもこうした能力が低下してきたら、運転免許を返納するべきなのでしょうか。また、地域によっては自家用車以外の移動手段が限られる、「運転している」事実が高齢者の自尊心や行動力に大きく関わる、といったことも考慮しなければなりません。そこで私は現在、「限定免許制度」の創設を提言しています。これは「居住地域周辺のエリアを昼間だけ運転できる」といったような条件付きの運転免許をある一定以上の年齢の方に交付する、というもので、諸外国ではすでに導入されている事例もあります。
高齢者に免許返納を要請する社会の声が高まっていますが、先述のように「運転できる」ことは高齢者の自立に関わります。認知症の方のように道路交通の安全を脅かすレベルであれば返納もやむを得ませんが、それまでは補償運転や限定免許制度でできるだけ長く運転を楽しんでいただくことが望ましいと考えています。
高齢ドライバー研究については一定の成果が見えた状況ですので、今後は依然として多い「高齢歩行者の事故」の抑制に向けて、「高齢歩行者の視力と交通事故」を研究したいと構想しています。高齢歩行者の事故件数が多いのは視力悪化による注意力低下が要因となっていることが明らかになってきています。高齢者の視力が悪化する代表的な要因として白内障や緑内障が挙げられますが、こうした病気は徐々に進むため、本人は自分の視力悪化を自覚できす危機意識を持てない、といった状況が考えられます。
私が専門とする交通心理学は応用心理学の1領域です。担当ゼミでは応用心理学を軸に据え、学生には「“人の心と行動”に関わるものならテーマは自由。その代わり、調査や実験、観察などによる科学的なアプローチで研究を行うこと」と伝えています。幅広い分野を学ぶ人間社会学部において、私が学生に求める姿勢は理系に近いかもしれません。学生には研究を通じて、感情や他者の意見ではなくデータに基づいて自分で判断する、という科学的な思考力を身につけてほしいと願っています。また、「この人はなぜこんな振る舞いをするのだろう」と、人の行動に対しての関心と理解も育んでほしいですね。