佐藤 幸子先生
身近な「食」を科学的に分析する。
心身ともに健康な人生を送る人を
増やしていける学問です。
佐藤 幸子
Sachiko SATO
食生活科学科
専門分野?専攻調理学, 調理科学,食文化
Sachiko SATO
食生活科学科
専門分野?専攻調理学, 調理科学,食文化
[プロフィール]実践女子大学家政学部食物学科卒、実践女子大学大学院家政学研究科修士課程(食物栄養学専攻)修了、同大学院生活科学研究科博士後期課程(食物栄養学専攻)修了。戸板女子短期大学専任講師を経て、2012年実践女子大学に着任。
ブルーベリー色素の研究を通じて、料理は「科学」だと気づいた
生まれは、福島県の郡山。小さい頃から自宅の畑では野菜が育てられ、鶏やウサギ、羊も飼育していました。畑で収穫できたのは、ナスやトマト、キュウリなど。それらは動物たちの餌にもなり、鶏が生んだ卵と一緒に、家族の食卓にも上りました。そういう環境で育ったので、「食べることは命をもらうこと」という感覚はずっと持っていましたね。小学生の頃から母が働きに出るようになり、おやつはいつも自分で手作りしていました。よく作っていたのは、草餅やホットケーキ、べっこうあめ。食べること、そして料理が好きというのが私の原点です。料理上手の母の影響も大きいと思います。
高校では科学や生物が得意だったので、大学進学の際には医療系や看護系も考えたんです。でも、そもそも血が苦手だから医療系も看護系も難しい。そうなると、残る理系の選択肢は家政系。最初はピンとこなかったのですが、実践女子大学の創立者?下田歌子先生が、日本における「家政学」確立させた人物だと知って、著作を読んでみたんです。自分にとって身近な料理や家事が学問になるんだ! と新鮮な驚きを感じ、ぜひ本格的に学んでみたいと、実践女子大学の家政学部に進学しました。
当時は現在と学部編成も異なり、家政学部の食物学科で取れる資格は管理栄養士か家庭科教員のどちらか。私は家庭科教員の道に進み、卒業後一年間、中学で教えた後に、実践女子大学大学院の修士課程(食物栄養学専攻)に入学し直しました。恩師と共に取り組んだのは、アントシアニン色素の研究。一般的にアントシアニンは熱に弱く、加熱すると色が飛んでしまうと言われていました。ところが、ブルーベリーに含まれるアントシアニンは、加熱してジャムやソースにしたとしても色が残る。そこに注目し、加熱や加糖によるブルーベリー色素の変化を数値化したんです。
その頃はまだ、ブルーベリーは日本にはあまり普及していませんでした。研究室のある渋谷キャンパスの周辺のお店で唯一、ブルーベリーを置いていたのが、青山の紀ノ国屋スーパーです。食材を扱う研究は、数値を出すだけでなく、実際に食べてみる「官能評価」も重要。ブルーベリーを買ったその足でチーズケーキも購入し、ブルーベリーソースをかけて食べようと、いそいそと研究室に向かったのをよく覚えています。
修士課程の二年間で学んだのは、料理は「科学」だということ。おばあちゃんの知恵のように伝えられている、味が染み込む大根の切り方や煮方にも、実は科学的な根拠があります。栄養価が高く、食欲をそそられる見た目をしており、味もおいしい。そんな料理を作るにはどうすればいいと思いますか? 調味料を加える適切なタイミング、適切な火加減……それらすべてが科学的な分析によって導き出せるんです。
学生との情報交換で、新しい食文化にもアンテナを張っていきたい
修士課程を修了後、いくつかの短大で講師を務めました。次の転機が訪れたのは、もう40歳を過ぎてから。実践女子大学大学院に生活科学研究科ができ、食物栄養学専攻の博士課程が設置されたんです。「あなたが先陣を切るしかないでしょう」と恩師に背中を押され、20年ぶりに研究室に戻りました。
研究テーマとして選んだのは「香り」。料理の香りは、見た目と共に、目の前にある料理を「おいしそう」と感じるかどうかに大きな影響を与えます。そして、ひとたび口に入ると、香りは「風味」に変化します。肉料理や魚料理によく利用されるハーブ「タイム」と、ホタテ貝柱を組み合わせ、加熱によってタイムの香気成分はどう変化するのか、ホタテ貝柱と一緒に加熱したとき、どのくらい臭みを消す効果があるのかを測定。平日に講義を受け持ちながら、土日に研究を進めるというハードな日々の中で、なんとか博士論文としてまとめ上げました。
講師、研究者、そして家庭の主婦。二足どころか三足のわらじです(笑)。本当に忙しい3年間でしたが、恩師をはじめ、周囲に恵まれたから成し遂げられたことだと、今でもとても感謝しています。博士課程修了後も非常勤講師として実践女子大学に残り、2012年から専任講師に。「香り」およびハーブの研究は、現在も私の大きなテーマのひとつです。
ここ数年、若い人たちに人気のハーブと言えばパクチー。実は、パクチーの本場であるインドやタイでは、26℃くらいのぬるい汁物に入れて食べられています。対して、日本では汁物は「あつあつ」の状態で食べることが多いですね。その温度は、おおよそ60℃から80℃程度。これだけ温度が違えば、香りの出方、感じ方は相当異なってくるはずです。
こういう話を学生にすると、みんな目を輝かせて、新たにブームになりそうな料理やスイーツの情報を私に教えてくれます。私の原点は、やっぱり「食べることが好き」。柔軟な感性を持った学生たちとの情報交換で、新しい食文化にもどんどんアンテナを張っていきたいですね。
過去は関係ない。大学は、入学してからの努力でいくらでも成長できる場所
「食」は皆さんの生活に密着しているもの。だからこそ、身近なところから研究テーマを見つけ出せる面白さがあります。2018年度、私が担当する調理学第二研究室の学生が取り組んだテーマのひとつが「ベーグル」です。
市販のベーグルには色々な種類があるけれど、ベーグルの定義とは何なのだろう? 他のパンとの違いは何なのだろう?——そんな疑問を持った学生が中心となり、まず、市販のベーグルの破断特性(どこまで押したら潰れて破れるか)を測定しました。そこから、常温で食べたときと温めて食べたときの食感や風味の違いを調べたり、調理工程や温度などの条件を変えながら何回も自分たちでベーグルを作ってみたり、さまざまな実験を重ねた末に、「モチモチした弾力のある茹でたパンがベーグルである」という結論に至りました。
調理学第二研究室では、調理工程や温度などの条件を変えることによって、出来上がる料理がどう変わるかを重視しています。例えば、食品業界でレシピ開発がしたいと考えている学生も、必ず将来に生かせる経験ができるのではないでしょうか。また、産学連携の市民講座に携わる機会もあります。ベーグルの研究がきっかけとなり、日野市内の小学生とその家族を対象にしたベーグル作り講座の開催が決まりました。受講者をアシストするのは、調理学第二研究室の学生です。
実践女子大学の学生はみんな素直。キャンパスに漂う穏やかな雰囲気は、私が学生の頃から変わりませんね。もしかしたら、高校まではあまり勉強が得意でなくて悩んだ学生も多いのかもしれません。でも、過去は関係なく、入学してからの努力でいくらでも成長できるのが大学や短大という場所。興味のある分野を見つけ、楽しそうに研究に打ち込みながら一皮むけていった学生をたくさん見てきました。学生たちが自信を持って社会に羽ばたいていくために、全力でサポートするのが私たち教員の使命だと思っています。
将来、「食」に関わる職業に就く人はもちろん、そうでない人にとっても、「食」は健康を支えるのに欠かせないもの。私が教え子たち全員に期待しているのは、身につけた「食」に関する知識で自分自身と家族の健康を守り、日本の健康寿命を引き上げてくれることです。
私と同じように「食べることが好き」な人は、ぜひ調理学第二研究室のドアを叩いてみてください。大切なのは、「変わりたい、知らないことを知りたい」という向学心。内なる情熱を秘めたあなたをお待ちしています。