古典に触れよう③「いたわるとは?」
重忠は眼下の光景に目がくらんだ。名高い一ノ谷の険しい崖を見下ろしてひるんだ。これでは名馬三日月もただではすむまい。足をケガして役に立たなくなれば即殺処分!
迷うことなく?お前にはいつも世話になってる。今日はお前をいたわるゾ?と言うや、大馬を背負って崖を下りた。鬼神の所業とはこのこと。
馬をおんぶする-あり得ないこの話はユーモラスでさえある。しかし畠山重忠の気持ちを人々はよく分かった。馬は兵と戦場を幾度も駆け廻り生死を共にする同志である。単なるペットではない、生を共有し心を通わせる大切な同体として愛おしむ気持ちは、自分だって人後に落ちないと自負するから。
ユーモラスな逸話を輝かせるのは、人馬が一体化した武士世界に充満する情愛に他ならない。『源平盛衰記』巻37から。平知盛と井上黒の交情もそこから生れた(『平家物語』巻九)。