笠原 良太先生
社会変動が
家族、子どもに与えた影響とは——。
「家族」を「社会」の視点から捉え直す。
笠原 良太
KASAHARA Ryota
生活文化学科
専門分野?専攻
家族社会学、ライフコース社会学
KASAHARA Ryota
生活文化学科
専門分野?専攻
家族社会学、ライフコース社会学
[プロフィール]早稲田大学文学部文学科社会学コース卒業、早稲田大学大学院文学研究科修士課程社会学コース修了、早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程社会学コース 博士(文学)。早稲田大学 総合人文科学研究センター研究員等を経て、2023年より現職。専門は家族社会学、ライフコース社会学。
家族社会学ゼミと震災復興ボランティアから研究の道へ
大学入学当時は、日本史あるいは西洋史を専門的に学ぶつもりでしたが、さまざまな授業を受けるうちに近代や現代の社会生活の在り方に興味が移行しました。家族社会学を専門にするようになったのは、3年次に家族社会学のゼミに入ったのが一つのきっかけです。指導教授の魅力的な教育手法に後押しされ、フィールドワークやインタビューなど社会調査の基本を学ぶうちに、地域と家族?生活?人生について実証的に研究する面白さを知りました。
また、3年次の9月には、同年に起きた東日本大震災の被災地である岩手県釜石市箱崎町で復興支援ボランティアに参加しました。当時私が暮らしていた関東でも東日本大震災の被害はありましたが、東北の被災地の現状は想像をはるかに超えるものでした。同時に、震災が起きたからこそ注目されるようになった地域の魅力や、圧倒的な自然の豊かさに気付かされることとなりました。
こうして、家族社会学のゼミと東日本大震災の復興支援ボランティアの経験が結びつき、学部時代の卒論は震災と若者のライフコースをテーマに執筆しました。被災地で復興支援活動をしている人たちに、なぜこの活動に参加しているのか、それが自身の考え方や将来の選択にどのような影響を及ぼしたのかを聞く中で、支援を受ける被災者側からの話も聞きたいという思いが芽生え、そのまま大学院へと進学。修士課程では、大きな社会変動を軸に家族と地域の関わりやライフコースを探る研究にいそしみました。修士論文執筆にあたっては、北海道釧路市の進学校出身者を対象に進路データを収集、親子へのインタビュー調査を実施。地方出身者の成人期への移行と地域移動パターンが地域社会の変容に呼応していかに変化しているかを、ライフコース論の枠組みを用いて明らかにしました。
一方で、修士論文のために行った釧路でのフィールドワークや、指導教授が参加している共同研究のメンバーに加わったことがきっかけとなり、戦後日本の基幹産業である石炭産業を事例に、その発展と衰退の転換期に労働者の家族、とりわけ子どもがどのような進路をたどったのかを探る調査を始めました。研究の軸に「産業」という視点を加えることで、修士論文で不完全燃焼だった部分を緻密に見つめられることに気付き、さらに博士課程へと進んだ次第です。
産業転換が、子どものライフコースに与えた影響を探って
石炭産業は、戦後日本の基幹産業。最盛期には北海道から九州にかけて900を超える炭鉱があり、40万人近い炭鉱労働者が働いていました。しかし、1950年代後半から早くも衰退。私自身、まったく知らない世界だったこともあり大いに興味をそそられました。
博士論文で取り上げたのは、北海道の現釧路市に位置していた尺別炭砿閉山で解雇された炭鉱労働者の子ども(中学生)たち。父親の再就職と家族の転居や移動によって受けた進路上の短期的影響と中長期的影響について、ライフコースの視点に立脚した解明を試みました。
具体的には、炭鉱閉山直後に中学生が書いた作文と転居後の手紙を分析し、50年後の彼らに対する追跡調査を行いました。初めて中学生たちの作文を読んだときには、社会への恨みつらみから親に対する心配、友達と別れる寂しさや都会への転校にまつわる不安まで、生々しい思いがぶつけられたその内容に大きな衝撃を受けたものです。
炭鉱閉山に限らず、コロナ禍にせよ経済不況にせよ、子どもたちは親を介して社会変動の影響を受けます。たとえばコロナ禍で考えてみると、親がリモートワーク可能な職業かどうかで家族が受ける影響は大きく変わってきます。家族は社会を成り立たせている重要な要素。だからこそ、家族と社会の関わりを解きほぐすことは、現代社会の構造を読み解くヒントになります。そこが、家族社会学の面白いところです。
今後は、同時代の異なる地域での炭鉱閉山を対象とした研究を展開しつつ、農業や漁業などほかの産業を軸にした調査を試みたり、子どものライフコースに関連する教育実践の歴史を深掘りしたりしていけたらと思っています。
当事者意識を持って課題に取り組む姿勢を引き出すために
授業は「家族関係論」「家族社会学」「生活文化史」「ゼミナール(論理的判断とコミュニケーション)」などを担当しています。いずれにおいても当事者意識を持って学んでもらえるよう、学生の身近な出来事や人間関係、生活、人生と照らし合わせながら考え、それをほかの学生と共有する時間を設けています。
「家族関係論」では、親子や夫婦、兄弟など家族内の関係を軸に、それぞれの人生や生活の問題を分析します。戦前の『主婦之友』の記事を題材に、現代の家族関係との違いや共通点を探るグループワークを行ったり、漫画『サザエさん』をもとに家族関係の戦後史を読み解いています。
「家族社会学」では、地域や産業といった大きな枠組みから家族の在り方を考えます。授業ではできる限り自分事として捉えてもらえるよう、自身のキャリアプランを考え、親の年齢や職業と結び付けながら考察するといった取り組みも行っています。今後は、日野市の子ども包括支援センター「みらいく」の活動にも参加し、「地域の中の家族」という視点で課題を見つけていく予定です。
「生活文化史」では、トピックスや時代ごとに生活文化の諸相を捉えます。たとえば、昭和の子どもたちの綴方(日々の生活を見つめて文章にした作文)や版画などの作品を集めて地域別に編集した『綴方風土記』を教材に、地域ごとにグループを作って特徴的な作品をピックアップし、当時の生活について調べて発表するといった場を設けています。
ゼミでは学生の関心に基づき、「子どもの貧困」と「地域の中の家族」という2つのテーマで調べ学習を行っています。ゼミでも「みらいく」の活動に参加し、たとえば中高生の居場所スペースの在り方を検討するなどしながら、家族を社会の視点から捉え直すヒントを収集しようとしているころです。もちろん、卒論にも真摯に向き合います。エビデンスに基づいて論じるために、実際のインタビューやフィールドワークでデータを収集し、当事者意識を持ちながら現状を見つめつつ、客観的に分析?一般化できる論理的思考力は大変重要であり、これはAIに任せてはいけない部分だと考えています。
他者理解を礎に、あらゆることにチャレンジを
誰にでも「家族」はいます。だからこそ、人々の言動の裏にある背景を見るには、「家族」は重要な視点です。今後、大学を卒業して社会に出て、結婚や育児、介護といったライフステージの変化を経験する中で、さまざまな課題に直面することでしょう。そんな時、「家族」の問題はプライベートなことだからと自分の殻に閉じこもらず、「家族」は社会的な存在なんだという意識でオープンに捉えるマインドを培ってもらいたいと思っています。
また、学生の皆さんにはどんどん外に出て行ってほしいです。さまざまな立場、世代の人たちと関わり、現状を見つめる目を養ってください。そこから得られる他者理解は、家族社会学を学ぶうえでも、社会に出て活躍するうえでも必要なものです。
最後に。生活科学部生活文化学科は、学生同志の距離も学生と教員の距離も近い学科です。家族社会学や心理学など、「生活のありよう」や「人の生涯にわたる発達」を学ぶには最適な環境だといえます。あらゆることに関心を持ち、人の縁を大切に、積極的に行動できる人になってください。皆さんのチャレンジを応援しています。