お宝紹介 貴重書ツアー2024
お宝紹介 貴重書ツアー2024
図書館では大学、短期大学部の授業の一コマをお借りして、図書館見学や貴重書庫内見学を実施しています。
今年度は、短期大学部図書館学課程の「図書館基礎特論」(12月11日水曜3限)の授業で、渋谷キャンパスの図書館地下1階にある貴重書庫内で貴重書ツアーを行いましたのでその様子をお伝えします。
1.貴重書庫室と今回紹介する資料の概要
図書館地下1階の貴重書庫内には、高名な英文学者である本間久雄、小倉多加志、桂田利吉の3人、直木賞作家の向田邦子、及び児童文学研究者である福田清人の旧蔵書を収蔵しているほか、極めて高額な資料、一般書架で配架しにくい和装本、古辞書、原稿等の一点物資料、洋古書、マイクロ資料等を別置しています。
この貴重書庫室は通常は立入禁止となっており、資料の閲覧についても「特殊コレクション閲覧?複写許可願」を1週間前までに事前申請することになっています。
2024年度は、実践女子大学に縁のある方から当館に貴重なコレクションが2点寄贈されました。
一点が与謝野鉄幹?晶子研究の第一人者である国文学者の逸見久美さんから、もう一点が高名な国文学者である吉田精一氏ご遺族からの寄贈です。両者と本学の関係は、逸見さんは本学の博士甲1号、吉田精一さんはお嬢様が本学短期大学の出身であることです。
これの資料は今年度寄贈されたばかりで、この授業で初披露となりました。
2.逸見久美文庫資料について
逸見久美さんは、先述したように与謝野鉄幹?晶子研究の第一人者であり、日本近代文学女性研究の草分け的存在です。1953年に早稲田大学文学部大学院を修了し、1975年3月に実践女子大学大学院文学部博士課程を修了し、『評伝与謝野鉄幹晶子』により博士号を取得されました。当館では、逸見さんの業績を鑑み、寄贈資料を貴重資料として「逸見久美文庫」を冠して保存することになりました。
逸見さんの寄贈資料については大きく2つの特徴があります。
①逸見さんの研究対象となった与謝野鉄幹?晶子の初版本を含む関係資料
②逸見さんご自身の研究ノート、研究成果、研究成果を著作にする際の素材
2.1 与謝野鉄幹?晶子について
与謝野鉄幹(本名:寛, 1873-1935)は、日本の歌人で、1900年(明治33年)に鉄幹が創刊した『明星』は、北原白秋、吉井勇、石川啄木などを輩出し、ロマン主義運動の中心的な役割を果たしました。一方、晶子(1878-1942)は、歌人、作家、思想家です。鉄幹が主宰する『明星』に短歌を発表し、1901年には処女歌集の『みだれ髪』を刊行しました。刊行直後に二人は結婚しています。
2.2 雑誌『新聞版明星』1号~5号(1900)
鉄幹は、自らの出版社である新詩社を創立し、雑誌「明星」を明治33年(1900年)に創刊しました。「明星」は、詩歌を中心とする月刊文芸誌ですが、当初5号までは通常の雑誌形態ではなく、タブロイド型の新聞であったので、区別して『新聞版明星』ということもあります。2号には後の妻である晶子の歌が掲載されています。
寄贈された資料はオリジナルですが、資料は劣化が激しく、ぱりぱりと硬く、触っただけで割れてしまうほど脆くなっています。すぐにも脱酸性化処理(脱酸)を行わないと危険な状態です。幸いなことに複製版(浅間嶺社, 1953)も寄贈されており、閲覧にはこちらで対応することになるでしょう。
2.3 『みだれ髪』初版(1901)
本書は結婚前の鳳姓で刊行された明治34年(1901年)の晶子の第一歌集『みだれ髪』の初版本です。藤島武二の手になる表紙?扉絵?挿画(全七葉)を収録しています。寄贈資料の状態はあまりよくありません。本書は晶子が浪漫派の歌人としてのスタイルを確立したとされます。『みだれ髪』の歌のほとんどには、鉄幹への強い恋慕の感情が見られ、刊行直後に鉄幹と結婚します。
2.4 与謝野家旧蔵ノート(4冊)
与謝野家に伝わるノートです。異なる複数人の字体が認められるため、与謝野鉄幹と晶子の共同ノートであったと推察されます。色々な記述が見られ、著作の下書きに使われていたと見られます。『古今和歌集』の収録和歌、家系図等も見られ、研究者による検証が求められる資料です。
2.5 与謝野晶子歌幅
晶子直筆の歌幅です。「紅梅の花ちるかげに若き身の若きおもひに泣く夕かな」という歌ですが、これは1900年頃に、関西文学会堺支会の青年文士が青春の悩みに耐えかねて筆を折ったことを伝え聞いて詠んだ歌とされます(この歌幅に書かれた年は不明)。日本の国文学者、随筆家の塩田良平氏が所蔵していましたが、逸見さんが1977年に博士号を授与された時に、塩田夫人からお祝いに贈られたものです。
2.6 逸見久美さんの卒業論文(1950)
逸見さん(当時は翁姓)の300枚の大著となる早稲田大学文学部国文科における卒業論文(1950)です。内容は、「堺時代の晶子の私生活」、「関西文壇の趨勢と晶子の作歌経歴」、「明星に於けるみだれ髪の歌」、「晶子、鉄幹、とみ子」、「「みだれ髪」について」の5部構成です。
2.7 逸見久美さんの著作と素材
逸見さんは鉄幹?晶子について、八木書店から二つの書簡集、『與謝野寛晶子書簡集 : 天眠文庫蔵』(1983)と『与謝野寛晶子書簡集成』(2001-2003)を刊行しています。寄贈いただいたコレクションには、編集作業中の膨大な書簡のコピー、解説、メモ等が編集資料として残されていました。これらは概ね年代順にまとめられており、写真は編集資料と書簡集を付き合わせたものです。
3.吉田精一氏旧蔵資料
吉田精一氏(1908-1984)は、近代文学専攻の高名な国文学者であるのは先に書いた通りですが、東京大学教授を経て、大妻女子大学名誉教授になられました。
吉田氏の旧蔵書の大部分は、日本近代文学館等に所蔵されています。今回寄贈のあった資料は点数こそ多くはありませんが、最後までご家族のお手元に残されていた資料です。内容としては、親交のあった近代日本の詩人?小説家である佐藤春夫の直筆書簡、初版本が多数を占めています。
吉田氏の旧蔵資料については、次年度に改めて特集としてご紹介したいと思います。
今回の貴重書ツアーに参加された学生の感想
ツアー終了後にメッセージをいただきました。
ご協力ありがとうございました。
- Aさん:歴史的資料がどのようにして大学に寄贈されていくのかを見ることができました。様々な縁が資料収集につながると実感しました。巻物や100年前の本を実際に目で見ること触れることができ嬉しいです。100年前の図書を直接触れたことと、与謝野家に伝わるノートを拝見できたことが印象に残っています。
- Bさん:今回の貴重書庫に初めて入らせていただきましたが、入る前に靴底の汚れを落としたり、室内は温度と湿度の管理が徹底されていて少し緊張しました。与謝野晶子に関するノートや直筆と思われる掛け軸、実際に出版されている書簡集の原稿など、簡単には閲覧することのできない資料を見せていただき、とても貴重な体験になりました。他にも現在ではパソコンで書くことが主流ですが、本学で初めて博士号を取得した方の戦後間もない頃の現代とは違う原稿用紙に書かれた手書きの卒業論文や、100年以上前に出版された図書や雑誌など、短い時間ながらも多くの貴重な資料に触れさせていただきありがとうございました。
- Cさん:貴重書庫に入ったのも初めてでしたが、本学で初めて披露するという貴重な寄贈資料をいの一番に閲覧する機会をいただきました。過去の資料はとても古く、壊れやすいため、厳重に保管されているなど実感できました。一番印象に残ったのは、吉田精一さん宛に送られたご友人のからの手紙です。遺言的な内容ですが、すごく簡潔で、それでも奇麗だと感じました。たった1枚の紙からたくさん考えさせられました。実際に見るだけでなく、触らせていただいてとても有意義な時間でした。与謝野晶子さんの直筆なども見られましたが達筆でとても奇麗だと感じました。