<研究室訪問>織田 涼子准教授
風景画の意義をとらえ直しながら伝統的な画材の可能性を追究する
日本画の特徴の1つに、和紙や絹などの地に墨や岩絵具で描くなど、日本の伝統的な画材を用いることが挙げられます。私は岩絵具の、含みのある柔らかな色調や独特の素材感に惹かれて日本画を専攻するようになりました。岩絵具はいくつか種類がありますが、鉱物を砕いて作られた天然岩絵具を使います。岩絵具は同じ原料を用いていても粒子の大きさで色が異なります。その特性を理解して使いこなすのが難しい画材でもあります。
制作しているのは主に風景画です。自分が目にした景色と頭の中のイメージとを組み合わせて、“こんな場所に身を置きたい”と感じる理想の風景を画にしています。自分がその場所と向き合って何かを見出そうとする、その時その場所が“風景”として意味を持つと考えています。“ここだ”と感じた場所に何度も通って時間を過ごし、写生を繰り返して印象を確かめ、下描きを重ねてそれを具現化していきます。画の構想が固まったら基底材(地)となる和紙に墨などで下描きし、彩色に入ります。
彩色の際に意識するのは、自分の表現したいものに合わせて岩絵具を一つひとつ丁寧に選び色づけていくこと。原料や粒子の大きさなどによりそれぞれ質感が異なりますし、微妙な色の違いで描いたものの前後関係や奥行きの印象、空間の広がりが変わったりもします。何色か塗って層にしたり、位置ごとに背景の色を細かに変えたりなど試行錯誤しますが、ここが制作で一番楽しい時間でもあります。作品が完成し、色合いや質感など自分が感じる岩絵具の魅力を活かせた手応えがある時の達成感は大きいですが、納得のいく仕上がりになることはなかなかありません。描き上げるたび、岩絵具、そして日本画の奥深さを心底実感します。
今、注目しているのが、独特の風合いが魅力の手漉き和紙です。絵画の素材(基底材)としての和紙への理解を深め、作品表現の幅を広げたいと考えています。また、本学の教育プロジェクトの一環として、和紙の産地を訪れて生産の現場に触れるとともに、和紙を画材に用いながら水墨の表現について学ぶ活動を2021年度春から始めることを予定しています。作品発表と教育の双方向から手漉き和紙に関わることで、その存続や発展に少しでも
寄与できれば、と考えています。
学科のカリキュラムでは、中学校?高校の美術科教員免許状取得を目指す学生を対象とした絵画実技の授業と、ゼミを担当しています。授業では対象をどのように見て何を感じ、どう表現したいと考えそのためにどのような工夫をしているのか、といったことを言葉にする機会を設けています。制作時には手法のバリエーションを提示し、表現に決まりはなく、目標に到達するにはいろいろなルートがあることを伝えます。ものの見方や表し方は人それぞれ異なり、つくりながら自分なりの価値を見つけていくことが美術科教育の重要な目的の一つだと理解してもらうためです。
私自身は日本画の専攻ですが、主宰するゼミには水彩、アクリル、油彩などさまざまなジャンルを選んだ学生が所属しています。頭の中にあるイメージを表現する手法をマスターしたい、水彩絵具とアクリル絵具の違いを明確にしたいなど、それぞれのテーマを創作活動で追究し卒業制作として作品を完成させるほか、その中で得たものを研究報告書にまとめてもらいます。作品は学内の「卒業制作展覧会」で展示しますが、この展示計画も学生に担ってもらいます。これを1年で仕上げるので大変ですが、みなイキイキとゼミの活動に打ち込んでいます。
制作は思い通りにいかないことの連続です。思い描いた通りの仕上がりを目指して粘り強く向き合うことで臨機応変な対応力や問題解決力、また答えがなく結論が見えないものにも果敢に取り組む芯の強さが養えると感じます。そうした「社会で役立つ」力のほかに、美術に親しみ触発されて浮かんだ想いを言葉にする経験は、自分にとって美しいものや大切なものをつかみ、周囲に流されることのない自己の確立につながるのではないかと思ったりもします。