著者は語る 上野英子先生
上野先生とご著書について
上野英子先生は、昭和59年から本学に勤務。現在は文学部教授?文芸資料研究所専任研究員として活躍されています。
今回語っていただく著書は、出版までの経緯で触れられているように、博士論文として執筆された論文に、さらなる研究を加え出版された図書です。
本書の紹介と当館所蔵情報を当ページ末に置きましたのでご参考にどうぞ。
出版までの経緯
本書は、平成三十年に本学で博士(文学)を取得した際の博士論文に、一部手を入れて出版したものです。
長年にわたって文芸資料研究所という部署に所属し、本学が所蔵する古典籍の調査研究を進めてきましたが、そうした日々の中からぼんやり見えだしてきたものを、少しずつ形にしていきました。それが、〈室町時代における源氏物語享受〉の問題であり、源氏学の家として時代を席巻した〈三条西家における源氏物語本文作成史〉の問題であり、本書のテーマとなっている問題です。
どうして室町時代なの?
足利幕府の弱体化に伴って、全国各地の守護大名らが群雄割拠していったというイメージの強い室町時代ですが、王朝文化は〈滅び行くもの〉として風化していったのかといえば、決してそうではありません。むしろその質の高さから、大きな権威を保ち続けました。戦乱が続いた時代だったがゆえに、逆に人々は雅な王朝文化に魅せられていったのかもしれません。しかも幕府も公家たちも、精神的権威としての王朝文化の効用を充分に理解していて、戦略的に活用していったようなのです。加えて源氏物語は、和歌や連歌をたしなむ人々にとっての必読書と位置づけられてもいましたから、一大ブームとなり、人々は源氏物語の内容を知りたがり、財力のある者は源氏物語の写本を欲しがりました。
因みに源氏物語は54帖、四百字詰め原稿用紙2400枚もの分量があり、これらをすべて手書きしなければならないので、揃い本を入手するのは大変なことだったのです。また本文が乱れていましたので、誰のどの写本を借りて、それをどんな人たちに書写してもらうか、ということも大きな問題でした。しかもこの時代には、社会を根底から覆すような大事件も勃発していました。15世紀後半に起こった応仁の乱です。京都を舞台に足かけ10年にも及んで繰り広げられたこの乱で、京都は一面の焼け野原となり、そのなかで多くの源氏物語写本が焼失していったからです。
焼け跡から始まった三条西家の源氏学
本書の主人公三条西実隆という人物は、少年期にこの応仁の乱を経験しています。戦火を逃れ鞍馬に疎開していた彼が、十九歳の秋にようやく帰洛した時、屋敷は焼け落ちてしまっていたようです。実隆?公条?実枝と三代続いた三条西家の源氏物語研究は、こうした焼け跡のなかから始まりました。実隆はお公家さんでしたが、里村紹巴や牡丹花肖柏といった連歌師との交流の中から、源氏物語に関する新たな知見を得ていきました。そして既に散逸したとされていた藤原定家の青表紙本源氏物語を再発掘し、それを「当流の本」と位置づけたわけです。本書は実隆を中心とした三条西家の人々が、どのようにして彼らのいう「青表紙本」を見つけていったのか、また源氏物語の本文史からみて、それはどのような位相をしめているのかを中心に、論じています。
皆さんには、困難の中で王朝文化を愛し、その研究と継承に力を注いでいった人々の生きざまを、本書を通じて読みとっていただけたらと思います。
書名: 『源氏物語三条西家本の世界 : 室町時代享受一様相』 |
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