国文学科 河野龍也教授が「第28回やまなし文学賞の研究?評論部門」を受賞しました
第28回やまなし文学賞の研究?評論部門に、河野教授が2019年に鼎書房から出版された「佐藤春夫と大正日本の感性—『物語』を超えて」が選ばれました。
この文学賞は山梨県にゆかりの深い樋口一葉の生誕120年を記念して平成4年に制定されたもので、小説部門と研究?評論部門があります。第1回研究?評論部門では、栗原敦本学名誉教授の「宮沢賢治 透明な軌道の上から」が受賞しました。今回の受賞作「佐藤春夫と大正日本の感性—『物語』を超えて」は、佐藤春夫の“多面体”の才能のゆくえを辿っており、次の4部構成となっています。
第1部 「物語」を超えて 起源の探求とアイデンティティー
第2部 デザインされる「心」 自己存在をめぐって
第3部 詩?小説?批評 ジャンル論の実践
第4部 異郷への旅 「日本人」であることの不安
本書では、自分とは何者であるのかを問い続けた佐藤春夫の文学の営みから、近代日本人にとっての「ふるさと」とは何かを考察しています。「私は日本人である」とか、「南紀の自然と反骨の風土に育った男である」など、人はしばしば故郷を原点とする「物語」(アイデンティティー)によって自分を説明したがります。しかし、翻訳を通じて西洋の知的遺産に触れた日本の近代は、伝統文化を「日本的なもの」としてイメージする一方、その古さや狭さを自覚し、無国籍な「人類」や「世界市民」に憧れを募らせました。「日本的なもの」に対する愛憎の間を揺れ動いた佐藤春夫は、近代日本人のアイデンティティーの混乱をよく映し出す存在です。そして国籍や文化をかりそめの「物語」に過ぎないと見る春夫の感覚は、当時の植民地台湾を旅した経験から、批評精神に富むすぐれた作品を多数生み出しました。本書では、「多面体」と呼ばれてきた複雑な春夫文学の本質を、「望郷」と「放浪」のキーワードから読み解いています。
河野教授受賞コメント
20代の頃から少しずつ発表してきた論考は、なかなか首尾一貫した形にならず、本にするのに随分苦労しました。しかしこの苦しい作業を通じて、春夫には「故郷」が非常に大事な問題であったと理解することができました。広い学問の世界では片隅の仕事ではありますが、本書に注目していただけたことに、心から感謝しております。研究を続けていく勇気が湧きました。また今回の受賞で、春夫がさらに注目され、その文学について語る場や仲間が少しでも増えるなら、喜びはますます大きなものになりそうです。