人間社会学部学生有志グループが、常磐祭に開発中のゲームを出展(10/8)
10月8日(土)に渋谷キャンパスで開催された常磐祭で、人間社会学部人間社会学科の有志学生3名による「ゲーム『インフルアンサー』開発プロジェクト」が、開発中のシリアスゲームを出展しました。シリアスゲームとは、教育や社会問題の解決に資することを目的とするゲームで、人間社会学部人間社会学科の標葉靖子准教授がその開発を支援しています。
デジタルゲームの開発?公開を目指し、授業の枠組みを超えて学生が自主的に活動
プロジェクトの発端は、標葉靖子准教授による後期授業「メディア?ワークショップ」。「ゲーム」というインタラクティブなメディアに注目したデザイン?ワークショップ形式の授業で、学生たちは授業の中でシリアスゲームづくりにチームで挑戦します。昨年度は、「インフォデミック」「人工知能(AI)」「気候変動」という、科学技術と社会を取り巻く3つのテーマで3グループがそれぞれゲームを製作。今回、常磐祭に出展された『インフルアンサー』もそのうちの一つです。
シリアスゲーム『インフルアンサー』は、プレイヤーがそれぞれ異なるタイプのインフルエンサーに成り切って、SNSで自身が拡散する情報を取捨選択していくと同時に、プレイヤーの中に紛れる「BOT(ボット)」(一定のタスクや処理を自動化するためのアプリケーション)を探し当てるというもの。ゲームを通して、SNSにより不確かな情報が拡散される危険性やBOT技術の用途両義性、アルゴリズムの考え方などを学べる内容となっています。
「メディア?ワークショップ」の授業は、アナログ試作品をベースにZoomでオンラインプレイを行い、専門家からフィードバックを受けるという段階で終了となりました。しかし、せっかく開発を始めたのであればデジタルゲームとしてのWeb公開を実現したいと3名の学生有志が手を挙げ、今も自主的に開発を続けています。
なお、今回の常磐祭で出展されたのはデジタル化に向けてゲームシステムを一新した新生アナログ版『インフルアンサー』。実際にゲームを体験した来場者の声は、ゲームシステムの改善に活かされます。
デジタル版リリースに向けて開発継続中の3人に聞く「シリアスゲームが教えてくれたこと」
「ゲームが好きなので、ゲームを開発できるという言葉に惹かれて『メディア?ワークショップ』を履修しました」という人間社会学部人間社会学科3年の武井菜織子さん。「面白そうだなという興味から履修を決めました」と、同じく人間社会学部人間社会学科3年の齊藤佳乃さん。ゲーム開発という理系的なフレーズに対する抵抗は特になかったといいます。
「思い描いていたゲームに仕上げるには時間が足らず、完成度の点で良い評価を受けることができなかった悔しさが、開発を続けたいと思った理由です。時間さえあれば技術や知識を学び、デジタルゲームのかたちにまで落とし込めると考え、標葉先生に継続できないかと相談しました」と人間社会学部人間社会学科3年の高月紗穂さん。
標葉准教授の指導については、「先生はご自身の考えを押しつけたりせず、常に学生の考えを尊重してくれます。その上で、必要な情報やアイデアを提供してくださるので、おかげで主体性が身につきました」と話してくれました。
3人は、常磐祭への出展を終えた今も、デジタル版『インフルアンサー』のリリースに向けて活動中です。外部講師を招いてもらうなど、標葉准教授の全面的なバックアップを受けつつ、自分たちの手でノーコード(プログラミング不要でアプリ開発ができる技術)による開発を行っています。その中で3人は、技術面以外でも多くの学びを得ているといいます。
「SNSがはらむ危険についてはこれまでもたびたび耳にしてきましたが、それを肌で感じる機会はありませんでした。だからこそ、どうすればゲームを通じてそれをプレイヤーの心にしっかりと届けられるか、課題解決のプロセスを学んでいます」(齊藤さん)
「BOTやアルゴリズムに関するさまざまな問題に気付き、深く学ぶことができました。身近にある問題を発見する力も養われたと思います」(武井さん)
「チームとしてプロジェクトを進めていく上では、役割分担が大事だと実感しました。そのことも含め、デジタルゲームを開発したという実績は、今後の就職活動でも生かせると感じています」(高月さん)
来年3月にデジタル版をWeb公開するのが目標
ノーコード開発はもちろん、ゲームシステムやコンテンツの改善、ゲームに登場させるインフルエンサーのペルソナ設定の検証など、やるべきことはまだまだあります。それでも、「始めたからには最後までやり抜きたい」「いずれは、学校など教育現場での教材として『インフルアンサー』を活用してもらいたい」と意欲を示す3人。これからも挑戦は続きます。
標葉准教授のコメント
私の専門は科学技術社会論です。先端科学技術の進展が社会にどのような影響を及ぼしうるのか、そもそも私たちはどのような社会を築いていきたいのか、「科学技術と社会」の対話?共創を軸に研究しています。その中のテーマの一つが、「文系」と「理系」の枠を超えた異分野協働です。日本では残念ながら、科学技術の研究?技術開発については科学技術の専門家(多くの場合「理系」の人)だけが考えていれば良いといったような、ある種の「文系」「理系」の分断が見られますが、これは乗り越えていくべき課題です。たとえば、ワクチン開発。その作用機序や副作用リスクなどを科学的に説明できたとしても、それを社会が、あるいは個人がどのように受け入れるべきかは、また別の社会的議論が必要な問題です。それを「理系」と「文系」という異なるフィールドでバラバラに論じていても、より良い社会的意思決定には繋がりません。
そこで、異なるフィールドをつなぐのに役立つツールとして私が注目しているものの一つが「ゲーム」です。そもそもゲームにはモチベーションを喚起する魅力がある上に、社会をモデル化して落とし込むこともでき、複雑に絡み合う社会問題を直感的に体験してもらうことができます。「科学技術と社会」をめぐる分断をつなぐ方法論としてゲーム学習を活用できるのではないか、その発想から、科学コミュニケーションの一環としての「シリアスゲーム」デザイン?活用を行っています。本学の人間社会学部の授業においても、日頃なかなか関心を持ってもらいにくい「科学技術」が密接に関わる社会課題の解決を考えてもらうきっかけとして有用だと考えました。
昨年度は、「科学技術と社会」の中心的なテーマである「インフォデミック」「人工知能(AI)」「気候変動」を学生に提示し、ゲームづくりを始めてもらいました。狙いは、科学技術が高度に埋め込まれた現代社会のシステムや複雑性を学んでもらうこと。ゲームづくりの過程の中で、現実の社会をモデル化し、それぞれが選んだテーマについて思考を深めてもらいたいと考えました。
武井さん、齊藤さん、高月さんらのグループは「インフォデミック」をテーマに選び、ゲーム開発に挑みました。授業内では彼女たち自身が想定していた完成度までこぎ着けることはできなかったことから、せっかくならデジタル版としてゲームを完成させたいと、3人が履修後の開発継続を申し出てくれてうれしかったです。
デジタル版ゲームのリリースを目指すにあたっては、SNSの世界ではどのような内容の投稿がBOTで拡散されているのか、どのような投稿が再投稿されやすいのか、どのような情報分断が起こっているのかといった、ソーシャルメディア分析で明らかになってきている最新の研究結果を踏まえたシステム設計が必要です。なかなか難しいテーマではありますが、彼女たちはこれを自分事と捉え、主体的に取り組んでくれています。身の回りのモノや出来事が、実は科学技術の発展と密に関わっていると気付いてくれたこと、それがこのプロジェクトの大きな成果だといえます。
今後、科学技術はどのように発展していくのか。科学技術の発展が利便性をもたらす一方で、社会にどのような影響を与えることになるのかは未知数です。だからこそ、さまざまな立場の人による対話が重要になります。ゲームであったり、あるいはアートであったり、そういったツールをきっかけに対話へと導く取り組みも大切です。
科学技術に特段興味を持っていなかった本学の学生のような「文系」の人だからこそ、科学技術のテーマをフラットに見ることができる場面は決して少なくありません。科学技術が好きでその普及に邁進する「理系」の人たちの中に入っていき、自然科学と社会科学?人文科学の専門知はどちらも同等の価値があるとの自負を持ち、科学技術の社会実装において人間視点がいかに重要かを示せる人——。これからの社会では、そのような人材がますます求められるのではないでしょうか。本学の学生ならそのような人材に成長できる、そう確信しています。
なお、『インフルアンサー』がデジタルゲーム化を目指して開発を続ける一方、「人工知能(AI)」を選んだチームが開発したシリアスカードゲーム『ぎゅっと~AIとともに生きる~』は、11月に東京?お台場で開催される科学と社会をつなぐ日本最大級のオープンフォーラム「サイエンスアゴラ2022——まぜて、こえて、つくりだそう」に出展される予定です。学生たちの自主的な学びの成果に、どうぞご期待ください。