元タカラジェンヌを講師に招いて特別授業!日本舞踊の奥深さや魅力を学生が学びました(12/20)
日本舞踊の奥深さや魅力を学ぶ特別授業が12月20日(月)、元タカラジェンヌで日本舞踊家の尾上五月先生を講師に招いて渋谷キャンパスで行われました。五月先生は、宝塚歌劇団時代のエピソードも紹介しながら、日本舞踊の醍醐味を解説。学生たちに、日本舞踊に限らず「日本の伝統的な独自の文化に目を向けてほしい」などと語り掛けました。
尾上五月先生は、元宝塚歌劇団65期生。1979~82年間の在団中は、五月梨世(さつき?りせ)の芸名で元月組男役として宝塚の華やかな舞台を彩りました。五月先生の同期には、元雪組トップの杜けあきさんなどがいます。五月先生によると、宝塚音楽学校時代に日本舞踊と出会い、その面白さに目覚めたといい、現在は尾上流師範として活躍中です。
五月先生は、今回の特別授業で「宝塚で培った男役の美学も、できれば日本舞踊に活かしていきたい」などと抱負を語りました。「宝塚音楽学校の生徒は、道路と並走する阪急電車に向かってお辞儀をする?」「宝塚音楽学校の下級生は、階段の踊り場の壁側を直角に歩く?」など、宝塚音楽学校や同歌劇団にまつわる「あるある話」を紹介。学生は興味津々、目を輝かせて聞き入れていました。
お座敷で踊られる「舞」も日本舞踊
特別授業は午前9時から約100分間行われました。それによると、五月先生は、まず日本舞踊のカテゴリーについて発言。歌舞伎舞踊や能狂言に由来する曲目もあれば、「お座敷で踊られる『舞』も、すべて日本舞踊」と語りました。
その上で、「『日本舞踊はどこに行けば観られるか』と聞かれるのが、悩ましい」と胸の内を明かしました。というのも、歌舞伎は歌舞伎座(東京?東銀座)、能狂言は国立能楽堂(東京?千駄ヶ谷)などの各地の能楽堂に足を運べば鑑賞が可能ですが、日本舞踊は「どこで、どんな公演をやっているかは、よほど調べないと分からない」からです。また、日本舞踊の公演を見たくても、「どんな日本舞踊家が世の中にいるか名前が知られていない」のも日本舞踊界にとっては悩みの種。常設の専用劇場がないことや、日本舞踊家があまりテレビに出演していないことが影響しているのだそうです。
「(日本舞踊の公演は)われわれ日本舞踊家が、企画をして公演を運営して上演をして、そして皆さんに『こんな公演をやりますから見に来てください』と案内をして開催します。通年でいつもやっているわけではなく、わざわざ企画して『こういう公演をやります』と決めた時に、日本舞踊の公演が上演されます」(五月先生)
かつて人気の「お稽古事文化」
五月先生はまた、「日本舞踊は、『お稽古事文化』としてこの国に根強く残ってきた」と強調しました。今の子供のお稽古事と言えば、バレエやダンスがポピュラーですが、ほんの50年ほど前は「バレエ教室に子供が通うのと同じくらい、日本舞踊がポピュラーだった」という時代がありました。それがどんどん日本舞踊を習う子供が少なくなり、今では五月先生が主宰する日本舞踊教室にも、「小さいお子さんが通ってくることは、本当に少なくなった」と憂慮しているのだとか。
「日本舞踊がこれだけ衰退してしまったのは、恐らくわれわれ日本人の中に西洋文化に対する憧れがすごく強いからだと思います。畳の生活よりテーブルと椅子の生活の方が便利ですから。そうやって西洋文化が手軽に手に入るようになると、自分たちの伝統文化に目を向けなくなってしまうのですね」(五月先生)
日本舞踊は「歌詞を踊る」
そんな日本舞踊は、西洋由来のバレエやダンスと、どこが違うのでしょうか。五月先生は、バレエやダンスとの違いをいくつか指摘する中で、真っ先に「メロディーやリズムを踊るのがバレエやダンス。日本舞踊は『歌詞を踊る』」という点を挙げてくださいました。そこで、五月先生は日本の新春?正月を象徴する端唄「初春」を学生に紹介しました。
? 初春や 角に松竹 伊勢海老や 締めも橙 うらじろの
? 鳥追う声も うららかに 悪魔祓いの 獅子舞や
? 弾む手毬の 拍子良く つく羽根ついて ひいふうみい
? よっつ 世の中 良い年と いつも変わらぬ のし昆布
「何てことのないお正月の情景を、ただ歌っている」と語りつつも、歌詞に散りばめられた正月の風物詩や縁起物、伝統行事、風習などを解説。その上で、日本舞踊は歌詞を踊るという意味を学生に理解してもらうため、日本舞踊の実演というサプライズもありました。
「日本舞踊は、歌詞の中にある役柄、それから物語、風景、情景というものを踊っていく。踊りで体を動かすなかで、演技の割合がとても高いのが日本舞踊。しとやかで静かなイメージがある日本舞踊ですが、実は能動的に演技や表現をしている部分が多いのです」(五月先生)
男性と女性、年齢も関係なし
もう一つ、男性や女性の性別で役割分担がないのも、日本舞踊の特徴です。バレエは、トウシューズを履くのは女性、女性を持ち上げるのは男性と役割分担が決まっていますが、日本舞踊はそうではありません。中高年の男性が可憐な少女の役を踊るというのも、珍しくないのです。逆に言えば「男の踊りも女の踊りも両方とも踊れないと、日本舞踊を習得したことにはならない」と、五月先生は強調しました。
さらに、年齢に関係なく楽しめるのも日本舞踊の魅力です。例えば、バレエを続けるには、年齢を経てもトウシューズを履きこなす脚力が要求されます。しかし、日本舞踊はそうではありません。そこまでの身体的能力がなくても、踊れる踊りがたくさんあるからです。
このため、日本舞踊は「何歳からでも始められるし、何歳までも踊っていられる」という特徴があります。かえって、年齢を重ねて経験を積み重ねることで、「自分の知識や経験が日本舞踊の理解を深めるのに役立つようになる」と言います。
「日本舞踊は、バレエほどの高い身体能力が要求されない代わりに、『これはどういう意味で踊っているのか』を理解しながら踊るものです。ですので、大人の場合、体は硬いかもしれないけれども、今までの人生経験が稽古の後押しをしてくれる。そういう部分がたくさんあるので、年をとってから始めるお稽古事としては、日本舞踊はすごく向いています」(五月先生)
「結界を張る」は独特な礼儀作法
五月先生のレクチャーは、日本舞踊全般の話から、日本の伝統や古来の文化にも話題が広がりました。例えば、扇子を膝の前に置いてお辞儀をするという所作についてです。非常にフォーマルで、礼儀正しいこの所作には「結界を張る」という意味があると五月先生は説明しました。五月先生によると、「結界を張る」というのは、相手と自分との間に境界線を引き、相手を尊敬しつつ自分が人にへりくだるという意味だそうです。茶道や食事の時の礼儀(箸の置き方)にも通じる「非常に独特な礼儀作法のひとつ」と語りました。
「日本人には、控えめで美しい、そして自分をへりくだる文化があります。日本の文化、古来からの文化が、日本舞踊には随所に盛り込まれており、日本舞踊は日本の伝統文化を知る上でとても勉強になるのです。今の結界の話もその一つです」(五月先生)
着物や浴衣は外国人にアピールする武器
日本舞踊といえば、やはり着物は欠かせません。五月先生は「着物の着付けは、本当に面倒臭い。世界中どこを探しても、ここまで着るのがややこしい民族衣装はない」と苦笑しつつも、「古来からの民族衣装を今も使いこなしているというのは、日本ぐらいだ」と強調しました。それはなぜか。五月先生は、「日本人の深層心理に、深い自国の文化への愛があるから」と推察します。
具体的には、外国人とコミュニケーションを図ろうと思えば、着物の効果はてき面です。五月先生も約27年前、米国生活に何枚か着物を持参し、日本人のコミュニティや教会のチャリティなどのイベントの機会に、着物姿で日本舞踊を踊ったそうです。本人がびっくりするほどの脚光を浴び、「次から次へと声がかかり、引っ張りだこだった」と当時を振り返りました。
その経験もあり、五月先生は着物の着付けについて「普通に着物を自分で着られるのは本当に素敵なこと。ぜひ皆さんも着付けを習得してほしい」と学生にアピールしました。もちろん海外勤務や留学の際には、着物は高価な上に、着付けをマスターするだけの時間がないという事情があるかも知れません。その場合でも、やはり「踊りを踊らなくてもいいので、浴衣一枚でも海外に持っていってほしい。現地で浴衣を着て登場したら、きっとみんなのスーパースターになれるはず」とユーモアをたっぷりに話してくださいました。
日本の文化を学ぶ大切さを強調
グローバル化が進展する昨今、英語を流暢に話す日本人は格段に増えました。でも、日本や日本の伝統?文化を聞かれた途端、多くの日本人が口ごもってしまうのはなぜでしょうか。五月先生が「いくら語学が堪能になっても、話す内容がないからだ」と残念がるところです。五月先生は、今回の日本舞踊の特別授業を通して、自国の文化を学ぶ大切さを学生に繰り返し強調しました。そして以下のメッセージを学生に残し、同日の特別授業を締め括りました。
「誇りを持って自分の国の文化を学び、習得してほしい。そして自分たちの先祖が培ってきた文化を受け入れ、それを敬ってほしい。自分の国についての知識は、いくら詳しくなっても決して邪魔にならない。たくさんのことを貪欲に学んで誇りを感じてほしいと私は申し上げます」(五月先生)
「芸能文化史」の授業で実現
尾上五月先生の特別授業は、美学美術史学科の「芸能文化史」の授業のなかで実現しました。担当は串田紀代美准教授です。2?3?4年生の約15人が同授業を履修しています。今回の特別授業は、1年生の「民俗芸能入門b」と2年生の「民俗芸能特講d」の履修生を含め約70名が受講しました。
串田紀代美准教授の話
この授業は、日本の伝統芸能について知識を深めることが目標です。しかし現状は西洋文化の人気が高く情報発信も圧倒的に多いので、日本の伝統芸能は危機的状況にあります。履修者の少なさが、それを如実に伝えています。そのため、能狂言や日本舞踊など舞踊?演劇分野で活躍している特別講師を毎年お招きしています。学生の反応は驚くほどよく、本授業がきっかけで本格的に日舞の稽古をはじめた学生もおります。やはり、学生の知的好奇心を刺激する工夫が日々の授業の中でいかに大切か、実感させられます。今回の特別授業も、学生のリクエストがきっかけでした。
昨今、大学教育の中で批判的思考の態度を身に付けることが要求されています。批判的思考力は、さまざまな課題について自ら考え、問い続けることで鍛錬されます。「芸能」全般を通じて興味のある事柄に出会い、それについて深く考え追求しつづけることこそ、大学生の意義ある学習だと考えます。