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生活環境を知るための文献

私が薦める一冊の本

安野光雅
空想工房
平凡社、1979

 安野光雅は絵本作家である。
 絵本というのは、一般には子供用ということになっている。文字を読めない世代にも内容をイメージできるよう、絵が添えられている。そういう解釈だ。そういった絵本の場合、想像力たくましい子供であれば絵は必要ない。...そういう絵本が一方にある。

 しかし、彼の絵本は絵が主役であるような気がする。絵の中に発見が含まれているからだ。もう新しい字体を生み出すことは不可能ではないかと謂われていたアルファベットを立体にして絵にする...「ABCの本」。ページをめくるごとに、木や家や動物たちの数が一つずつ増えていく...「数えてみよう」。あがってもあがっても元に戻ってくる階段がでてくる...「ふしぎなえ」。
 そういう風であるから、極端に言えば、文章の方を削ってもよい。

 絵は窓だと彼は言う。自分という内面世界から、自分の周辺世界を眺める。家に取り付けられた窓はもちろんだが、絵本もまたその役割を果たすことができる。いや、ドアと言った方がしゃれているかもしれない。子供たちは絵本の世界に入り込んでしまうのだから。

 絵本の世界は現実の世界と等質ではない。現実を模倣するなら絵より写真の方がすぐれているだろう。絵には画材の手触りがあるし、現実というよりは画家が感じた世界が描写されている。

 この本には「自然は芸術を模倣するか」というエッセイが収録されている。絵を描くとき、本物に似せて描くのが普通であるから、この表題は逆説的である。「芸術は自然を模倣する」であれば理解しやすいが、「自然は芸術を模倣する」というのはどういうことか。この本は彼のエッセイ集であるので、一つ一つの話は短い。種明かしは実際に読んでいただくことにして、私はこのエッセイこそがこれまで目にした中で最高の芸術論だと思っていることを打ち明けておきたい。

 お薦めはこの1冊に限らない。彼の絵本を手に取ることから始めてもよい。エッセイ集も数多く、文庫本になっているものは手に取りやすいだろう。そういったものを眺めてみてもよい。きっと、普段気づかなかった「窓」を手に入れられることだろう。

※今調べてみたら、古本でしか手に入らないらしい。しかし、私に大きな影響を与えた一冊であるし、こんなに文章を書いたのだから口惜しい。このまま投稿することにする。(K. M.)