D.A.ノーマン(野島久雄訳)
誰のためのデザイン?
新曜社、1990
「こんなことが書いてあった」と人にしゃべれるようなこと、しゃべりたくなるような事が2つ3つ読後の頭に残っていれば、その本は読んだ価値があると思っている。ずいぶん少ないと思われるかもしれないが、そうでない本の方が圧倒的に多い。その中で、この本は片手では足りないくらいの事柄を伝えてくれる。そして、身の回りのモノの見方が確実に変わる本である。
ノーマンは認知心理学を生み出した一人と言われる高名な心理学者であり、彼の著書「認知心理学」は、長い間、認知心理学の全体像を知るための書籍としての地位を保持し続けてきた。有名な大学を渡り歩いていたのだが、しばらく前に大学を辞めてしまった。大学で研究をしていても、現実世界を変化させる力が乏しくてつまらないからだそうである。それで、Apple ComputerやHewlet Pakkardといった名だたるコンピューター?メーカーでユーザビリティに関連する助言などをしてきたが、最近は大学に籍を戻したようだ。
彼は多分野に渡って活躍してきたが、この本を書くきっかけになったのは、機械と人間のインターフェース、特に原子力施設とか飛行機とかのシステムにおけるフェイルプルーフの研究に関わったことだろう。
飛行機が落ちると、フライトレコーダーが回収され、操縦士がミスをしたのが原因だなどと言われることが多い。でも、果たしてそうだろうか。ミスしやすい設計が問題なのではないだろうか。そういう観点から、システムを眺めることが事故を減らすことにつながるはずだという信念の下、彼はインターフェースの研究に取り組んだのである。
そして、人はすべてを知識として持っているのではなく、身の回りの環境を解釈して様々な情報を取り入れながら判断を下していることに気づき、誤った解釈を引き起こしにくい環境の特徴を明らかにしていったのである。
と言うと難しそうなのであるが、この本の中で彼は、身の回りに普通にあるモノを通して言いたいことを語るという姿勢に徹している。電灯のスイッチとか、スライドプロジェクターとか、ドアの押し引きとか、そういう身近なところにも操作の間違いは存在すること、それはデザインによって相当部分防げることをわかりやすい文章で教えてくれる。
デザインは美しければいいと思っている人、どうしたら使いやすいデザインになるのか悩んでいる人、自称機械オンチの人、そういう人に一読を勧める。ノーマンは、一人が時間をかけてわかりやすく説明すれば、本を読んでいる多数の人の時間を節約できるという思想の持ち主だから、豊富な話題、わかりやすいコンセプト、平易な書きぶり。誰が読んでも、わからないということはないはずである。
その後の著書についても翻訳が出ている。「テクノロジー?ウォッチング」、「人を賢くする道具 : ソフト?テクノロジーの心理学」、「パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!」、「エモーショナル?デザイン」。興味が湧いたら、これらも読んでみよう。(K. M.)