赤瀬川原平
我輩は施主である
読売新聞社、1997
毎朝の新聞には、マンションや建て売り住宅など、膨大な住宅販売のちらしが折り込まれています。実際に住宅を購入するわけでなくても、そうした情報に触れるとつい、立地や広さ、設備や値段を見比べながら、住宅を品定めしてしまいます。でも、その情報の量に比べて、そこに提示されている住宅はどれもこれも似通っていて、そのバリエーションが意外と乏しいことに気が付きます。まるで住宅の間取りは規格品のように決められていて、プラスαの付加価値と値段との兼ね合いで選択することが当たり前になっているかのようです。私たちの生活の基盤である住宅は、いつからか「商品」になったのでしょうか。
本書は、そのような商品住宅ではなく、著者が新しい自分だけの住まいを創り上げていくまでの(いちおうフィクション仕立ての)顛末記です。本のタイトルにあるように、著者は「施主」として(決してセルフビルドではなく)、設計者に設計を依頼し工事が進んでいきます。しかしその「施主」とは、業者にとってのお客様ではなく、まさに「工事国家」の国王として、木材の切り出しから土木工事まで、あらゆる局面で現場に巻き込まれていきます。その結果完成した建物は、出来たてピカピカの新品ではなく、さまざまな紆余曲折や苦労のプロセスが刻み込まれた、ただ一つの「住まい」としてその姿を現すのです。
ここには、消費される「商品」でも、建築家個人の「作品」でもない、住まいと住み手との密接な関わりによって創られた住まいのかたちが示されています。創り上げられた住まいのすばらしさだけでなく、住まいを創るということ自体の楽しさ?豊かさを感じさせてくれる、住宅建築に対する希望の一冊と言えるでしょう。建物自体について詳しく知りたくなった人は、「藤森照信野蛮ギャルド建築」(ギャラリー?間叢書)や「家をつくることは快楽である」(藤森照信/王国社)などを合わせてご覧いただくと、より楽しめると思います。(H. T.)