生活環境講座

第28回 炊飯を通じて思うこと 山崎和彦

 コンビニエンスストアの食品には長々しい成分表示がある。これを見て嫌気が差し、米を炊くことにした。かくしていろいろ思うところがあり、以下5項目について述べる。

コスト

 私にとって米0.5合(75g)が1食分として適量である。米2kgは26.6食分に相当し、これを1000円で購入すると1食分は38円である。ところで「無洗米」が出回っている。「洗う必要のない米」という意味であろうが「洗われていない米」のようでもある。実際は「研ぎを済ませた米」「水を節約できる米」であるから、「済研米」「節水米」あたりが適当ではないか。
 準備から後始末までに要する水の量は15リットル程である。和食がユネスコの世界文化遺産に登録されたが、食材はじめ豊富な水資源があってこその文化である。和食作りに必要とされる水の総量を知れば、水不足に悩む国の人々は肝をつぶすのではないか。鯨料理も和食の一角を成す筈であるから、ユネスコ関係者に味わってもらい、これの維持が重要であることを主張するとよいだろう。

燃料

 洗練されたエネルギーである電気を熱に変えるのは惜しい。しかしいろいろな利点がある。災害発生後の復旧はガスより格段に早い。プログラム化が容易である。安全である。火災事故が少ない。一方、ガスコンロは概して火力が強く、炊飯時間も短い。多くの料理に対応できる。電気が届いていない場所でも使用可能なタイプがある。燃焼により水が発生するので電気に比べ空気が乾燥しない。
 ロウソクによる炊飯は可能か。ほぼ1気圧、室温25℃の下、ビーカーに水200mlを入れてロウソク3本で試したら、最高到達点は92℃であった。つまり無理である。

炊き方は多様

 如何に炊飯するべきか。これには、炊飯する者の状況(腕力、注意力や判断力、気分や時間の余裕等)、食べる者の状況(人数、好み、食べる量等)、片付け方、道具類の管理の方法、環境条件(気圧、気温、エネルギ事情等)、米(種類、質、分量等)、準備(研ぎ方、水浸時間、水の量等)、加熱方法と時間(温度、加熱パタン、加熱面積、蒸らし等)、容器と蓋(材質、形状、容量等)、操作ミス、事故、故障や破損、コスト等が関わっている。
 私が米0.5合をビーカーで炊く時の要領は次の通りである。米を研ぎ、適量の水を注いで30分待機する。ガスコンロに網を置く。ビーカーには小皿を乗せて蓋とし、強火から中火で3分ほど加熱し、沸騰する直前、火力を最小レベルにして10分加熱する。火を止め10分待機し、完了する。琺瑯カップ(容量約700ml)と手製の木の蓋の組み合わせでも同様である。なお、ビーカーより強靱であり、把手も付属するので扱いが容易である(写真では冷凍コロッケの解凍を試みているが、加温効果は十分ではなかった)。

 15分程は沸騰を維持できる熱源と耐熱耐水容器があれば、多少の試行錯誤を要するだろうが炊飯は可能である。ただし、炊き手の性向(手間を掛けることを嫌うとか、注意力散漫であるとか)により適当とされるシステムは異なる。
 少量の米を炊く時、私にとっては写真の左下側にある3種がよい。鉄器はビーカーより加熱時間を2分ほど短縮できる。直ぐに水を掛けても割れず、取り扱いが楽である。購入当初は、ああするべしこうするべしといった注意書きに従ったが、今は適当に手荒く扱っている。洗った後、水分を飛ばす手間を必要とするが、総合的に最も具合がよい。
 土鍋およびガラス蓋が付属する炊飯専用鍋は、米粒が内壁にへばり付き易く無駄が多い。炊飯専用鍋は重くそして厚く、加熱後の蒸らし期に米の熱変性を進める仕組みである。加熱時間そのものは短いが潜熱負荷が大きいので強火を維持せねばならず、結局、熱エネルギーは多目となる。また、食事後の手入れに時間を要する。
 大人数分を炊く場合は電気釜が優れる。何より他の作業に専念できるところが良い。ところで、これは完成形に至ったのであろうか。制御部には電子部品が多く、熱や水を苦手とする筈であるから、アンビリカルケーブルでもって釜部と離してみてはどうか。これにより故障箇所の交換が容易となり、製品の寿命も延びるのではないか。

計量

 通常、計量カップを米の中に突っ込んですくい上げ、すり切り1杯、すり切り2杯と数えて行くが、これが常によいとは限らないだろう。私は小型のカップで9割ほどをすくい上げ(これが75gに相当)、研いで適当に水を捨てた後、同カップの全容量分の水を注ぐ。すり切る操作が不要となり、米粒の扱いが容易である。
 研いだ米をザルに入れて待機し、然る後、米の量に応じた正確な量の水を加えることを勧める向きもある。寿司屋は手間を掛けることを惜しんではならないのであろうが、私は濡れた米粒の扱いの困難さを想像し、これをやる気が全く起こらない。

兵站

 歴史書には数万もの大集団が長い年月にわたり戦ったことが記してある。水や食料の補給や管理、道具類の維持管理、そして毎日の食事の支度はどのように行われたのであろう。敵兵との戦い以上に自身の健康維持が重視されたことであろう。戦争はテクノロジーを急激に発展させるが「食」においても同様だろう。生活科学部に所属するひとりとして、古代の大きな戦争での「食」について知りたいことが多い。 (K. Y.)