僕が初めて勤めた建築設計事務所のボスは、プロジェクトの打合せをしている時に模型を見ながら「正解ですね」という言葉でデザインの決定をしていました。
これでなければダメというわけではないし、もっと考え続ければ別のデザインになることもあるだろうけれども「正解ですね」なのです。最初の頃は、その「正解ですね」の意味がよくわかりませんでした。デザインとしてなんとなくよくなってきたことはわかるのですが、なぜここで決めてしまうのかがわからなかったのです。
建築は、ほとんどの場合、施主(クライアント)と呼ばれる注文者がいてプロジェクトが始まります。そのクライアントの要望を聞いて、その建てられる環境を分析し、もちろんコストも勘案してそのプロジェクトが進みます。
まずは、クライアントの要望をきちんと聞き取り、問診しながら要点をつかんでいきます。実はここがプロジェクトの最重要ポイントで、ここで読み違えてしまうと全く違う方向に進んでしまいます。それと並行してその建物が計画される敷地?環境を何度も訪ねて、周辺環境、光の当たり方、風の流れ方、人の流れ方など敷地から発信される情報をじっくりと読み取ります。
計画を進めるにあたっては、自分の案の妥当性、「なぜこの案が正解なのか」をクライアントに対して説明しなければなりません。クライアントから発信された情報、環境から発信された情報をいかに理解して、分析し、案としてまとめたかを計画者として発信し、理解してもらわなければならないのです。
つまり、クライアントとのコミュニケーション、環境とのコミュニケーションが、デザインといえます。
デザインのためのコミュニケーション?ツールとしては、スケッチ?図面?模型?CGなどいろいろな手段がありますが、やはり一番大切なのは「会話」であろうと思います。会話の中から、そのニュアンスを読み取り、聞き取ってもらうということ、計画要件としてきちんと示されていることの裏側に潜んでいること(本質といってもいいかもしれませんが)を浮き上がらせることが会話では可能になると考えています。その会話を成立させるためのボキャブラリーを持つことがデザインの基礎です。
計画を進めるにあたっては、それに加えて、決断するということ(「正解ですね」といえること)が必要になります。そのためには、自分の中にきちんとした評価基準を持たなければなりません。評価基準とは、簡単に言えば、これはよい、これはよくないという尺度です。これは一朝一夕に出来るものではありませんが、いろいろいなものに接し、いろいろな空間を体験することで、その違いを見出すことから自分のなかに出来てくるものであると思います。そういうモノや空間に接するときには、出来るだけ一般的に評価の高いモノや空間に接し、好き嫌いから始めるといいのでないかとも思っています。なぜ好きなのか、なぜ嫌いなのか、好きなモノ?空間と嫌いなモノ?空間の違いは何なのか???という好奇心をもって対象を見直すことが評価基準の形成に繋がります。
そういう意味で(それだけでもありませんが???)我が研究室には世界の有名な椅子をそろえて、ゼミ?テーブルの回りに置いてあり、学生たちが日常的に座っています。いわゆる評価の定まった椅子ばかりですが、座り心地はそれぞれ異なります。好き嫌いの好みも学生によって異なるのが見ていて面白いです。こういうことをきっかけにして、モノや空間の違いに気づき、そこからデザインの興味を発展させてくれることを期待しています。
建築も含めたデザインには、「1+1=2」というような唯一無二の正解はありません。というよりは、1+1が2にでも100にでもなるように、その環境にとっての最適解を求めていくものなのです。それがデザインであり、その決定が出来るのがデザイナーという職能なのです。
僕たちがつくり出す建築は、僕たちがこの世からいなくなった後も、その環境に生きつづけることになります。僕たちが「正解ですね」といって決断すると言うことは、その環境、社会に対してのメッセージでもあり、そこに責任があると言うことでもあります。
「正解ですね」といえるデザインのためにできることは、毎日の生活の中にもたくさん転がっています。好奇心をもっていろいろなことを見直してみませんか?(N. T.)