生活環境講座

第14回 だから実験はおもしろい! 鎌田佳伸
1.はじめに

 当該生活環境学講座の第8回「静電気はいやだ!」では、静電気を題材に取り上げ、我々の研究成果の一部もご紹介しました。縫糸による制電性の研究を私が始めたのは今から16年ほど前になります。この分野の研究はしばらく休んでおりましたが、今年度の卒業研究で久しぶりに取り上げています。

 実験をしていると予想外のことに出くわすことがよくあります。予想外とまでは言わなくても予想とずれた結果が得られることはままあることです。静電気に関して知識が不足していた研究を始めた当初において興味ある実験結果に遭遇しました。これは浅学のためとも言えますが、 “だから、実験はおもしろいのだ”とも言えます。前回(第8回)とは違った切り口で制電性の実験を紹介します。

2.研究目的と方法の概要

 第8回と重複する部分もありますが、まずは話の流れとして研究の目的と方法の概略について述べることから始めます。

 車やドアの把手のバチバチやスカートのまとわりつきなど、特に冬場に発生する静電気は嫌なものです。本研究は、これらの静電気を縫糸で除去することを目的として研究しています。縫糸に導電性繊維である「サンダーロン(日本蚕毛製)」をどのように用いた時、有効な制電性が得られるかを調べています。このような縫糸は市販されていますが、制電性を発現するに有効な構造、有効な使用法などについては明らかではなく、経験に基づいた利用がなされているのみと考えています。

 帯電の評価方法は、JISに数種の方法が紹介されていますが、それらは布そのものの放電を評価するもので、我々の目的である縫糸による制電効果を評価するには適当ではありません。研究に必要な環境条件は、布のみが帯電している状態においては一定の帯電圧が長時間観測されることです。そこで、必要な温湿度環境、布の水分量、摩擦による帯電方法などの種々の検討からの実験装置の構築を行いました。

 実験装置の構築に引き続いて、市販の制電性縫糸の制電効果の検討、制電メカニズムの検討、有効な制電性を付与した縫糸の開発研究へと進んできております。一方、その過程において、縫糸の使い方に関しても若干の研究を積み重ねてきてもおります。

 では、(私にとって)興味ある実験事例をご紹介しましょう。

3.実験事例集

 試料布はウールサージ、摩擦布にはポリエステル(PET)布を用いて摩擦帯電させています。測定した帯電圧は剥離帯電圧です。縫糸は必要に応じて試料布(ウールサージ)に縫い付けています。

3.1 環境試験機のこと

 静電気の発生しやすい実験環境として20℃、20%RH以下の乾燥した環境を採用しました。当初、そのような温湿度環境を得るために環境試験機を用いました。すると、図1の「環境試験機ON」の場合に見られるように大きくばらついた結果が得られました。静電気の測定はバラツキが大きいと聞いていたものですから、こんなものかと思っていました。しかし、環境試験機の運転を止めて見ましたところ「環境試験機OFF」のような安定した結果が得られました。環境試験機は設定された温湿度に保つために除湿と加湿で調節をしています。そのため、室内には平均的には設定値の温湿度が得られていても局所的にはむらがかなりあるためにばらつくのだと考えられます。また、剥離帯電圧が「環境試験機OFF」に比して「環境試験機ON」が相対的に小さいのは局所的な湿気の多さの影響と考えられます。環境試験機の利用は全くの失敗でした。この教訓から低湿環境の構築には環境ボックスの上部に多量のシリカゲルを設置する方法を採用しました。

3.2 摩擦方法に関すること

 一定の摩擦を与えることが一定の静電気の発生には必要であると考え、布試料を載せたターンテーブルを自動回転させて摩擦する方法を用いました。しかし、大きな圧力をかけるためには簡単な装置ではなかなかうまくできませんでした。そんな時、手動での可能性を試みましたところ、図2と図3にその結果を示しましたが、以外なことに、ある一定以上の摩擦力、摩擦回数で常に一定の摩擦帯電圧が得られ、また摩擦速度にも依存しないらしいことが分かりました。手動のような不安定な方法で安定した帯電圧が得られるとは意外な結果でした。

3.3 サンダーロンの含有率に関すること

 導電性の繊維であるサンダーロンの含有率が高い縫糸ほど制電効果は高いと単純に予想していましたが、予想は外れました。第8回の図2から分かるように含有率10%当たりに閾値が存在するようです。言い換えればサンダーロンは10%用いれば十分であるということでした。この結果には大変興味を持ちました。染色性に難があり、また、サンダーロンが高価なことを考えると極めて結構なことでした。さらに、データのばらつきに着目すると、縫糸に含まれるサンダーロンの含有率や糸構造などの関与も想定されました。

3.4 制電性縫糸の引き揃え効果のこと

 制電性縫糸を10mm間隔で2本並べた時よりも5mm間隔で2本並べた時の方が制電効果は大きくなります。ところが、2本を引き揃えてしまうと、1本の時とほとんど変わらなくなります(図4)。これも、一見不思議な感じがしましたが、その他の実験結果と合わせ考えると納得のできる結果でした。

3.5 縫い方による影響のこと

 手縫いによる並縫いと返し縫い、それに加えてミシン縫いの3種で比較実験をしました。図5から明らかなように、並縫いの制電効果は他の2者に比して小さく、返し縫いとミシン縫いは変わりませんでした。これは、端的に言えば、布の表面に出ている制電性縫糸のみが制電に寄与し、布中や布の下面に存在する制電性縫糸はその役にほとんど立っていないと推測できます。布の表面にある、すなわち空間に露出している縫糸が制電性に寄与していると思われます。これらのことから放電機構は電気伝導によるものではなく、コロナ放電が支配的な因子であろうと推測しました。また、突き詰めれば、制電性縫糸の表面にサンダーロンを集約することが制電性に有効なことも推測できました。そこで二層構造糸を作成して実験的検証をしました。すなわち、サンダーロンを含む混紡層で外層を作り、内層はPET繊維のみしました。その糸による制電効果が図6です。二層構造の外層にサンダーロンを集約するならば、サンダーロンの混紡率が5%あれば混紡率が15%の一層構造と同程度の制電性が得られている。

4.おわりに

 摩擦帯電のデータはばらつくと言われていましたが、実験してみるとかなりの再現性があります。これも意外なことでした。今回は、摩擦帯電の実験を題材として述べましたが、数値実験などでも思わぬ経験をします。数値実験の場合には、プログラムの記述の問題、境界条件の設定の問題などがありますから、予想と合わない時には、それらをまず疑ってしまいます。しかし、時には数値実験が正しく、予想が間違っていたなんてことも時々経験することです。いずれにしても“予想外のこと”は実験では付き物であり、そこに新しい発見があります。だから、実験はおもしろいのです!(Y. K.)