皆さんは「街」にどのようなものを求めるでしょうか。治安の良さや緑の豊富さを求めるでしょうか。それとも買い物の便利さや刺激の多さでしょうか。ここでは、「歩きたくなる街」という視点から、街の魅力を考えてみたいと思います。
商店街には、さまざまな店が建ち並んでいます。それぞれの店は売っている物も違えば、店構えも違っており、それぞれに工夫を凝らしたディスプレイがなされています。小さな店舗が密度高く並んでいると活気が感じられ、そこで何か買い物をするわけでなくても、見て歩くだけでも楽しくなります。そのうちに自分の好みにあった店を見つけられるかもしれません。
どこまでいっても景色の変わらない住宅街やオフィス街は、歩いていて単調な気がします。さまざまな用途の建物が混在し、狭い場所や広い場所があったり、緑や水に触れられる場所があったり、舗装の材質が変化したりと、多様な要素が散りばめられていると、歩いていて飽きることがありません。こうした魅力をもつ街の多くは、ある人/組織の押し付け的デザインによってではなく、時間の積み重ねの中で少しずつ作られてきたものでしょう。
同じ商店街でも、夕方の混み合った時間帯と、朝方の誰もいない時間帯とでは、その印象はまったく変わってきます。あまりに多くの人に埋め尽くされると息苦しさを感じますが、やはりそれなりに多くの人が利用している街のほうが、賑わいが感じられ、歩く側もうきうきとしてくるものです。
そうした街では、ひたすら買い物をしている人わけでなく、いろんな年代の人がいて、さまざまな行為をしているでしょう。ショーウィンドーを眺めているだけの人、ちょっと座って休んでいる人、ベビーカーを押してゆっくり歩いている人、ばったり合った知り合いと立ち話している人、店の人とやりとりしている人。多様な人の様子を感じながら歩くのも楽しいものです。
こうした街をつくりあげ、その街の機能や雰囲気を維持しているのは、店の店主であり、街に住む一人ひとりの住人です。それぞれの店には顔の見える店主がいて、店を構え、いろんなサービスを提供し、環境を整え、お客とさまざまなやりとりを行っています。こうした店主の運営する店は、誰に対してもマニュアル的に対応する画一的な店とは異なり、店主のパーソナリティと責任のもとに個性の発揮された店となり、街に多様性を与えることになるでしょう。
路地のような空間に植木や花が飾られていることがよくあります。住んでいる人が自分の家の延長として、外部空間に手を加え、水をあげたり世話をしているものです。こうした街の小さな緑は、目を楽しませてくれるだけでなく、その環境が住んでいる人によってきちんと維持されていることを感じさせてくれます。
どんなに楽しい街であっても、ひたすら歩き続けてはいられません。いろんなところにふと休むことのできる場所があると、またそこで元気を得て歩きたくなるでしょう。ちょっとした広場スペース、オープンなカフェ、通りが見晴らせるベンチなど、そこに水や緑があったり、他の人の様子が目に入ったり、ちょっと食べたり飲んだりできるような、つい立ち寄りたくなる居心地の良さそうな場所であると、歩く楽しみを増加させます。
また、バスや路面電車など、歩いていて気軽に乗り降りしやすい交通システムが充実していると、歩くことのバリアが下げられるでしょう。ただ便利というだけでなく、たまたま通りかかりに利用でき、歩いているときとあまり変わらない目線で街を眺めながら、気になる場所でちょっと降りてみられるなど、目的地に向かうだけではない利用が可能になります。ヨーロッパのある都市では、1時間とか3日間とか、その時間内であれば自由に何度でも乗り降りができる切符が普通に売られており、街を歩く人の気軽な足となっています。
街に行くたびに何か自分だけの発見があると、その街には何度も訪れたくなるでしょう。自分の好みに合ったグッズを見つけたり、ふとした街角に素敵な喫茶店を見つけたり、初めて足を踏み入れた路地に意外な穴場の店を見つけたり。お店の人とだんだん親しくなってくると、その人に新しい情報を教えてもらえることもあるかもしれません。
店の店主とのやりとりが楽しいことで、その店や街の魅力もまた高まるでしょう。何度も訪れて馴染みになったり常連になったりすると、そこは単にサービスを受けるだけの場所ではなく、自分にとって特別な意味をもつものになるかもしれません。そして、ある店で利用者が楽しそうにしていることは、店主のモチベーションも上がり、その場所自体の魅力を高めることに貢献することになります。
街を歩きたくなる、ということには、街の便利さや快適さを享受することとは違う要素が含まれています。それは、皆さん自身が街を歩き回りながら、自分でその魅力を発見するということです。歩きたくなる街では、その魅力を感じながら行動することで、そこから多くのことを学んでいるのです。そして街を歩き、街と関わることで、皆さん自身が街の魅力を創り出す要素になっているということでもあります。
こうした人と街との相互のやりとりが促される街とそうでない街があったり、人と街とのやりとりの積み重ねが感じられる街とそうでない街があったりするのではないでしょうか。そうした視点から自分の好きな街を眺め直してみると、またちょっと違った一面が見えてくるかもしれません。(H. T.)