印象評価解析における因子分析の使用法

印象評価解析における因子分析の使用法  

印象の工学とは何か(丸善プラネッツ2000より)

※後で、図表など入れます。

ここに示すのは、『「印象の工学」とはなにか』の第3章に掲載されている「印象評価解析における因子分析による使用法」(槙 究著)の提出時原稿である。図6が抜けているなど、その後若干の修正がなされているが、出版時の原稿とほとんど変わらないものである。出版社の許諾を得て、ここに掲載するものである。

 なお、図表を含んだ原稿は、下のボタンにより、pdfファイルとして表示?ダウンロードできます。
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四-二 印象評価解析における因子分析の使用法
一 はじめに

 私は良い物や良い環境を造りたいと願っている。良いものを造るにはどうしたらいいだろうと思って、「私はこれがいい。」と言った人があれば、その理由をたずねてみる。
 「どうしていいと思うの。」
 そうすると、「明るい感じがいいんだ。」とか「使いやすそうだから。」というように、印象で答えが返ってくることが結構ある。そこで、印象を探れば良いものを作るヒントが得られるのではないかという発想がうまれ、印象評価のデータを集めることになる。
 本節では、SD法※1で印象評価データを集め、因子分析を行うというポピュラーな手法を題材にとり、そこからどんな物づくりのヒントが得られるのか、また、誤った解釈をしてしまう危険性はないかということについて述べていく。

二 解釈しやすさに伴う誤解釈の危険性

 SD法(SD法尺度)というのは、図1のようなものである。反対の意味を持つ形容詞?形容動詞の間に、7段階のスケールを配置してある(段階は5段階でも9段階でもいいし、形容詞じゃなくても、反対の意味を持つ言葉が並んでいれば評定はできる)。評定者は、自分の感覚に最も近い位置に○を付ける。図1の一番上の尺度の場合、非常に暖かいと感じれば、一番左に、やや冷たいと感じたときは右から3番目に、ちょうど良いとか、どちらでもないと感じたときは真ん中に○を付けることになる。
 この尺度の利点は、一番左に○がついたときは1点、一番右に○がついたときは7点というように決めることで、印象を数値化できることにある。数値化すれば計算ができる。では、なぜ計算したいかというと、解釈しやすくなるからである。
 表1は、様々な布地を胸のところにあてて、「似合う-似合わない」など、いくつかの印象を評定してもらった結果である。1)このデータから、評定対象の印象に偏りがなかったかどうかを調べることにしよう。漠然と眺めてみても、よくわからないので、尺度ごとに評定の平均値を算出し、それが4(どちらでもない)からどの程度離れているかを見ることにする。これは、データの羅列ではよくわからないので、解釈しやすいようにデータを加工して、ある側面を強調するという作業を行ったことになる。このような作業こそが解析である。※2
 さて、この解析例では、計算を通して、十二枚の布地を評定させた結果を、平均値という一個の代表値に置き換えたことになる。つまり、解析は情報の圧縮過程だと言える。
 情報を圧縮することにより、確かに解釈はしやすくなった。しかし、データによっては不都合な解釈をしてしまう危険性がある。例えば、図2-1のようにはずれ値を持った分布の場合、平均値の計算結果が4になったとしても、偏りがないと結論していいかどうかは難しい問題である。偏りのある評定対象物を含んでいると考える方が自然ではないだろうか。
 同様のことが、二つのピークを持った分布の場合(図2-2)でも言われることがある。この場合、平均値は全体の分布を代表する値と言っていいか疑問である。二つのグループに分けた上で平均値を取るなどの対処をすべきであろう。
 このように、平均値の算出という簡単な解析においても、情報圧縮には注意すべき問題点がある。多変量解析の一種である因子分析であれば、注意を払う必要性はより高いだろう。では、どんな注意を払えばいいのか。それを述べる前に、因子分析について、簡単に説明しておこう。

三 因子分析とは

 因子分析は、もともと心理学の分野で開発された。因子を説明するには、知能を例に取るのがわかりやすい。
 世の中には、成績のいい子と成績の悪い子がいるという印象を持っている人も多いと思う。できる子は、国語も算数も理科、社会もできる。できない子は、反対である。そういう傾向があるとすると、成績を上げ下げする要因があって、それがテストの成績に影響するのではないかと考えられる。そのような要因があるかどうかを確かめるには、それぞれの成績を説明することができる共通の成分が抽出されることを確認すればよいと考えられる。実は、この共通の成分が因子であり、各尺度の得点のばらつきを、できるだけうまく説明できるように因子を抽出してくれるのが、因子分析なのである。
 因子分析の考案者であるスピアマンは、古典語、フランス語、英語、数学、音の弁別、音楽の6種類のテストの成績に因子分析を施し、これらが主に一つの因子によって説明できるという結果を導き出した。2)これこそが知能であると考えられ、知能検査の妥当性を言うときのバックボーンとなっている。
 さて、成績に共通性があるとしても、理系科目が得意な人と文系科目が得意な人も居そうである。そうだとすると、成績に関連する知能の働きには二次的な側面もあるに違いない。これは、どうしたら抽出できるだろうか。
 小学生全員に同じテストをしたという思考実験をしてみよう。テストの結果からは、まず、学年があがると成績が良くなるという全体的な傾向が抽出されるだろう。それを除いた各学年内部のばらつきの中にこそ、理系科目が得意か文系科目が得意かという違いが抽出されるだろうと考えられる。
 このように、最初に抽出された第一因子で説明できなかった得点のばらつき、つまり第一因子の残差の中に、二次的な側面が隠されていると考えられる。そこで、残差の中からすべての尺度に共通な傾向を探し出すことにする。これが第二因子の抽出である。このような作業は、第三因子以降も続けることができる。しかし、だんだん尺度の個別性が大きくなったり、残差が小さくなって、共通の傾向を抽出することが困難になってくるので、適当なところで因子の抽出を中断する。
 知能の多因子説を唱えたサーストンは、知能に関連すると考えられる様々なテストの成績について因子分析を行い、数、知覚、空間、言語、記憶、機能推理、語の流暢性の因子を抽出している。3)
 因子の抽出は、概略、以上のような過程なのだが、複数の因子が抽出されたときには、因子の回転が行われることが多い。これは、図3に示すように、評定の傾向が類似している尺度群のところに因子軸を重ね合わせることである。そのことにより、因子の意味が解釈しやすくなり、因子の命名がやりやすくなる。なお、因子の回転を行っても、因子が各尺度をどの程度うまく説明できるかを表す共通性(communality)や、各尺度の得点を説明できる割合をすべての尺度について合計した累積寄与率(cumulative contribution)は変化しない。
 因子分析の結果は、表2のような因子負荷表にまとめられる。因子負荷の値の絶対値が1に近いほど、その因子で尺度の得点を説明できる割合が高い。例えば、表2の「派手さ」は第1因子の得点でほとんど説明され、「シャープさ」は第2因子の得点でほとんど説明できる。また、「派手さ」と「個性」のように、因子負荷の値が似ている尺度どうしは、似た評価がされたと言える。

四 SD法により得られたデータの因子分析

 SD法で得られたデータは、因子分析されることが圧倒的に多い。これは、SD法の創始者オズグッドが提案した手法である。
 オズグッドは、ホワーフの言語相対性仮説に疑問を持っていたと言われる。言語相対性仮説というのは、普段使用している言語が認識に影響を及ぼすという仮説である。雪を表す言葉が数十もあるエスキモーは、雪を細かく見分けることができ、雨を表す言葉が数十もある日本人であれば、雨を細かく見分けることができるといった具合である。これに対しオズグッドは、人間の認識が普遍であることを言おうとして、言葉の情緒的意味の次元が民族によって変化するか否かを確かめることを思いついた。情緒的意味というのは、辞書的意味とは別に言葉から受ける印象のようなもので、「男」と言うと何となくむさ苦しい感じがするとか、「子犬」というと何となくかわいらしい感じがするといったことである。
 オズグッドは、さまざまなコンセプト(評価対象)を呈示し、SD法で評定させ、得られたデータを因子分析した。その結果、次の三因子が得られた。※3
 ?評価性(Evaluation)
 ?力量性(Potency)
 ?活動性(Activity)
 この三因子は、コンセプトの種類によらず、普遍的に抽出されたことから、言語相対仮説に対する有力な反証だと考えたのである。このような経緯から、これまでのSD法を用いた研究では、どんな因子が抽出されるのかを扱ったもの、特に評価性、力量性、活動性の三因子になるかどうかを確認するものが多かった。

五 評価性の因子が抽出されたとき、何が得られるか

 この三因子は、物や環境をコンセプトとして呈示した場合にも抽出されることが多い。私自身、模型を使って室内壁面のカラーシミュレーションを行った卒業研究で、20個のSD法尺度から3因子が抽出されたときには、印象の次元がたった三つに集約できるということに大きな感動を覚えた。それ以降、十数回に渡って、-SD法+因子分析-という手法を用いた経験から言っても、この3因子が抽出されるケースは多い。
 しかし、この3因子が抽出されることは、良いものを作るためのヒントを得たい場合、喜べない。というのも、因子どうしは互いに独立(相関=0)※4であるから、評価性の因子で表される総合評価が他の印象と関連していないことになり、他の因子との関連で総合評価を記述することができないからである。例えば、「居心地の良さ」「明るさ」「派手さ」の因子が抽出された場合、「居心地の良さ」と「明るさ」や「派手さ」は相関が0なのであるから、明るければ明るいほど居心地がいいとか、派手であるほど居心地が悪いなどというようなことは言えないのである。
 そうだとすると、因子分析を行っても、単純に評価性の尺度を評定させたとき以上に、よいものはどういうものかがわかる訳でもなさそうだ。それならば、評価性の尺度の評定だけを行えば良さそうである。
 原理的にはそうなのであるが、評価との関連を考え得るケースがあるので、そうとは言い切れない。そのことを、3つの事例から考えていきたい。

五-一 グルーピングにより、関連が見えてくるケース

 まず、胸のところに様々な色の布地をあて、「似合う-似合わない」ほかの印象をSD法でたずねるという実験のデータを紹介する。1)
 そのデータを因子分析すると、3因子が得られた[表2]。第1因子が《派手さ》の因子、第2因子が《シャープさ》の因子、第3因子が《似合い》の因子である。この《似合い》の因子が評価性の因子だと考えられる。
 続いて、因子得点布置図[図5]を作成してみた。因子得点というのは、各コンセプト(評価対象)の因子上での評定を尺度の評定から推測した値である。各因子を代表する尺度の平均点にあたると考えてもらえば、だいたい間違いはない。それを図示したのが因子得点布置図である。
 図5を見ると、白(W)を扇の要とした2つの系列が見られ、それらを分離すれば、尺度間の関連が見られそうであった。ひとつは、無彩色、ライトグレイッシュ?トーン、グレイッシュ?トーン、ダーク?トーン(N,ltg,g,dk)で形成される系列で、色味の少ない、地味な印象の色である。こちらは、第3因子の得点のみが変化し、第1因子の得点はほぼ同じであるから、第1因子と第3因子に関連はないと言えよう。それに対し、ライト?トーン、ブライト?トーン、ビビッド?トーン(lt,b,v)という彩度の高い色や明るい色で構成されている系列では、第1因子の得点が増えるほど、第3因子の得点が下がる傾向が見られる。つまり、派手な色ほど似合わないと評定されていることになる。
 このように、関連がないはずの直交因子同士であっても、評価対象のカテゴリー化により、関連が発見できるケースがある。

五-二 評価性の因子は本当に評価を表しているか?

 次は、色の印象のお話である。
 これまで、色票という正確な色紙を用いた印象評価実験が、数多く行われてきた。それらの結果は類似しており、次の3因子が安定して抽出されてきている。
 ?評価性因子 《「にごった-澄んだ「、「好きな-嫌いな」などと関連》
 ?活動性因子 《「暖かい-冷たい」、「派手な-地味な」などと関連》 
 ?勢力性因子 《「固い-やわらかい」、「強い-弱い」などと関連》
 このうち評価性因子を除いた2次元平面の色の印象マップが色彩関係の本4)に紹介されている[図6]。どのような色が好まれるかを知ることができない、そのようなマップが役立つとすれば、好まれる色に状況差があるからではないだろうか。
 たとえば、図7のような室内の色彩を決めるときに、評価性因子の得点が高い白やペール?トーンの色を選ぶのは、間違いのない方法である。しかし、同様に好まれているビビッド?トーンの鮮やかな色を選ぶ人はほとんどいないだろう。小面積では好まれる色彩も、壁面のような大面積では好まれないことがある。
 また、部屋によって、好まれる雰囲気が変化することもありそうだ。食堂は明るい雰囲気にしたいが、リビングは落ち着いた雰囲気にしたいとか、応接間はゴージャスな雰囲気にしたいなど。
 こういうことがあるとすれば、色票の印象評価に表れた評価性の因子は、単に色紙の評価を示しているに過ぎないということになる。前述した色の印象マップが評価性の因子の情報を含んでいないのも、評価の多様性を考慮したからだと考えれば、納得がいく。
 そうすると、評価の軸を多様に設定し、評価以外の次元との関連を記述してやることが有効かも知れない。

五-三 評価性の高い部屋は、どんな生活行為にも向いているか?

 残念ながら、色彩の分野では、このような観点からの研究例は少ないが、住宅照明を扱った研究には、このような評価の多様性を示すデータが数多く出ている。そのひとつとして、筆者らが行った実験を紹介する。5)これは、リビングを模した実大の実験室において照明パターンを変化させたものを被験者に見せ、その雰囲気をSD法で評定させると共に、7つの生活行為へのふさわしさを評定させるというものである。
 因子分析を行った結果、表3に示す3因子が抽出された。そのうち、第1因子と第2因子の因子得点布置図に生活行為のふさわしさのベクトルを書き入れたのが図9である。
 さて、7つの行為は3つのグループに分かれ、「文章を書く」「本を読む」については第2因子の得点が高いとき、「テレビを見る」「パーティーをする」「家族でくつろぐ」は第1因子と第2因子の得点が高いとき、「音楽を聴く」「お酒を飲む」については第1因子の得点が高く第2因子の得点が低いときに向いていると判断されていた。このように、生活行為によって、ふさわしい照明環境が変化したのである。
 この実験では「居心地の良さ」に代表される評価性の因子が抽出されたが、居心地が良い照明環境がすべての生活行為にふさわしいわけではなかった。それどころか、居心地の良さのみでふさわしさが決まる生活行為は、この実験で用いた7つの中には無かったのである。
 これらのことから考えるに、評価性の因子の「評価」は、実は総合的な望ましさという意味での評価ではないケースが多々存在しそうである。

六 評価軸が中間因子として抽出されるケース

 これまで、評価性の因子が抽出されたケースを扱い、基本的には「良い-悪い」「好き-嫌い」のみを評価したとき以上の物づくりのヒントは得られないことを述べた。ただし、評価性の因子が抽出されても、他の因子との関連や総合評価との関連を記述できるケースがあることも示してきた。
 これとは別に、評価性の因子が中間因子として抽出されることがある。中間因子というのは、因子と因子の間に存在する、複数の因子と関連する尺度の固まりのことである。一般には、これを「単純構造でない。」と言って嫌う傾向にあるが、物づくりのヒントを得たい場合には、評価性の因子と他の因子の関連を表現することができるから、こちらの方が望ましい。
 表4は、街路景観スライドの印象評価データを因子分析した結果である。6)「好ましさ」は、第1因子-落ちつき?まとまり-と第2因子-明るさ?面白味-の中間因子として抽出された。
 図10は、因子得点布置図に「好ましさ」の得点を表示させたものであるが、「好ましさ」の得点は明らかに右肩上がりになっている。これなら、第1因子の得点と第2因子の得点で総合評価「好ましさ」の得点を表すことができそうだ。重回帰分析という手法を使い、2つの因子の得点から予測した「好ましさ」の評定は、実際の評定と0.944という高い相関を示した。これは、2つの因子で街路景観の好ましさをほとんど表せることを示している。
 このことから、街路景観を好ましくするためには、-落ちつき?まとまり-を増すことと、-明るさ?面白味-を増すことの2つが有効であることがわかる。このような情報は、物づくりに役立つだろう。例えば、「オフィス街を整備するには、面白味を増すよりも落ちつきを増すことに力を注ぐべきだ。」とか、「商店街では、人目を引く面白い仕掛けが必要だから、落ちつきのなさには目をつぶって整備しよう。」などという人がいたときに、どちらのケースでも、両方の要因が大切であることを示すことができる。これは、「好ましさ」を別の印象で表現することができたからに他ならない。
 このように、評価性の因子が中間因子として抽出されるケースは、私の経験では少なくない。紹介した事例の他に、壁面色彩と照明パターンを変化させた室内模型の評価7)、テクスチュア画像の印象評価8)などで、このようなケースに出会った。
 この場合、因子分析を行うだけでなく、因子を説明変数、総合評価を被説明変数とした重回帰分析を行うことにより、総合評価と他の印象の関連を表すという解析をつけ加わえるのが常套手段であろう。

七 因子分析の不安定さ

 これまで見てきたように、評価性の因子が抽出されるか、それが中間因子として抽出されるかは、得られる情報の質に決定的な違いをもたらす。しかし、この違いは本質的なものではない可能性がある。同じデータから双方のパターンを抽出できることがあるからだ。
 表5は、オフィス空間の模型で、壁面や床面、パーティション(間仕切り)の色彩を変化させてSD法で評定させ、得られたデータを、指定する因子数を変えて因子分析したものである。
 3因子指定の場合、第1因子は「居心地の良さ」などの尺度に代表される評価性の因子であり、第2因子は派手さ、第3因子は変化の因子ということになろう。これは、評価性の因子が抽出されたパターンということになる。2因子指定の場合は、第1因子が落ち着きの因子、第2因子は柔らかさの因子であり、評価性の因子は2つの因子の中間因子として表現されている。
 同じデータを用いても、解釈に大きな影響をおよぼすであろう差異が表れるということは、回転を含んだ因子分析の不安定さを物語っている。このような不安定なケースが少数派であるなら問題も少ないかもしれないが、そうではない。評価尺度を一つ抜いただけで因子構造が変化するなどということもあるし、先ほどの街路景観評価の例でいえば、オフィス街だけを評定させるか、オフィス街と商店街の混在した景観も評定させるかといった、評価対象の選択も結果に影響を及ぼすことがある。※5つまり、因子分析は非常に不安定な解析手法なのである。

八 命名のパラドックス

 この不安定さは、主に因子の回転によってもたらされる。それにも関わらず、因子軸の回転という作業が行われるのは、因子の解釈をやりやすくするためである。因子を代表する尺度の因子負荷が1.0に近いなら、代表尺度と因子がニアリーイコールであることを表すから、その因子の解釈が容易になるのである。
 しかし、現実には因子負荷が0.7程度、もしくはそれを下回る値の場合にも尺度から因子の意味を推定して命名するという作業が行われているようである。因子負荷が0.7の場合、因子が尺度を説明する割合は高々50%に過ぎない。残りの50%の情報が欠落しているのに推定するというのは、危険な行為ではないだろうか。
 先ほど説明した照明環境の評価実験では、元データを眺めることにより第3因子を構成する2つの尺度の関連が小さく(相関で表せば0.50)、いくつかの照明パターンのみで評定が似ているだけだということがわかった。この時点で、第3因子にどんな命名をすればいいのかは、わからなくなってしまった。どちらの代表尺度を用いて命名しても、もしくは別の概念で命名しても、解釈を誤らせる危険性があるからだ。これは、因子負荷が0.7以上の高い値を示しているときに起こったケースである。
 このような現象は因子の解釈上、本当に困った問題なのであるが、、因子と関わりのある尺度が多数であれば起こりにくい。SD法を行った場合、各因子と関わりのある尺度が5つ程度あることが望ましいとされている。とは言っても、結果を完全に予測することは難しいから、いつもうまくいくとは限らない。因子負荷の大きな尺度が少数であった場合、その因子については、元データに立ち返って確認をすることが、このような現象についてのチェックとして有効である。
 実は、印象については、因子負荷が大きい尺度が存在しない因子について、命名が正しいかどうかを確認する方法がある。命名した言葉を用いたSD法尺度を加え、もう一度データを取り直せばいいのだ。もし、その命名が正しければ、その尺度においては1.0に近い因子負荷を示すはずである。活動性=「活動的な -活動的でない」で確認といった具合である。
 しかし、実際にこのようなことが行われることは、ほとんどない。ほとんどの場合、解釈のやり直しを迫る結果が出るはずであるからだ。因子負荷が小さい場合の因子の命名は、命名したとたん、命名が否定される危険性をはらんでいる。私は、これを命名のパラドックスと呼んでいる。
 因子の命名に、力量性とか、勢力性といったなじみのない言葉が用いられることがあるが、これは、上記のような問題点を指摘されないようにするための措置だと勘ぐりたくなるのだが、いかがだろうか。※6

九 尺度の階層構造が作り出す命名の問題点

 さて、因子の命名については、他にも困ったことがある。それは、尺度の因果関係の推定に起因するものである。
 例えば、天候と農作物に関する様々なデータを集め、因子分析を行った結果、地域ごとの降水量と作物の収穫量が同じような因子負荷を示したとしよう。このとき、我々は、「ははーん、雨が多いと作物がよく育つのだな。」と考える。因果関係が推定できるのだから、2つの測定量に共通の要因(因子)を探すことなどできない。そうすると、この因子に命名などできなくなる。因果関係にあると我々が考える項目が尺度に含まれていると、因子に命名することができなくなるのである。
 印象の解析においても、-活動性-と命名したいのに、「活動的な-活動的でない」を尺度に含めたがために、命名できないといったジレンマに陥ることがある。
 もうひとつ、別の例を挙げよう。下町と山の手で調査した結果、部屋数とバス停の数が同様の因子負荷を示したとしよう。下町-山の手の因子は、本当に部屋の数とバス停の数を説明するのだろうか。部屋の数は関連しそうである。ただ、このときは裕福さの因子とでも呼んだ方がいいだろう。しかし、バス停の方は下町の方が数が少なかったとしても、たまたま大通りに面していない地域を対象にしたからである可能性が高い。ああ、やっぱりそうだった。バスの通れる大通りは下町にも上町にも存在するもんなぁ。そう考えたときにも、命名に困る。同じ因子構造を持つ尺度を説明する要因が、尺度により異なると考えられるからである。
 印象の解析においては、情緒性の形容詞だけでなく、物や環境の特徴を表現した形容詞対を用いた場合に、このようなケースに遭遇することがある。
 このように、因子の命名を考えると、因子分析の問題点がわかる。それは解釈?命名するのは人間だということである。解釈する人の持っているデータ解釈モデルによって、解釈が変わる可能性があるのだ。
 心理学などで、あらかじめ研究者が作ったモデルを検証するために因子分析を使ったなどと言われることがあるが、このことから因子分析で検証はできないことがわかると思う。因子と尺度の関係、つまり因果関係はいつでも推測にすぎないのである。※7
 さて、印象についても、このような因果の階層構造が考えられる。下町の街並みの写真を見て、好ましいと答えた人に理由をたずねたとしよう。「それはなぜ。」という問いを繰り返すと、例えば次のような階層構造が得られる。
「好ましい。」↑「温もりを感じるから。」↑「生活が感じられるから。」↑「植木鉢がたくさん出ているから。」
 これらの印象をすべて評定させたとき、それらが同じような因子負荷を示したなら、因果関係を推理することができる。しかし、実際には因果関係が推理できるほど明瞭な関係は見つかりづらい。というのも、これらの印象は、単純な階層的ツリー構造を成してはいないからである。
 讃井10)は、評価構造が階層的セミラチス構造であると述べている。セミラチス構造というのは、ツリー構造と異なり、結節点がいくつもある構造のことである。例えば、「窓が大きい」ことは、「見晴らしの良さ」にも「明るさ」にも影響を及ぼす。このような複数の項目との関連は、内部相関を高くすることにつながり、明確な因子の抽出を困難にするという。
 実際、「温もりを感じる」のような情緒的印象から、「植木鉢がたくさんある」のような環境の特徴を表す印象までをまとめて評定させると、3因子では収まらず、多数の不明瞭な因子が抽出されることが多い。したがって、印象を測定するときには、印象の階層を十分考慮する必要がある。
 言葉の階層性を考慮したデータ収集の重要性について、槙が触れた文章があるので、参考にしていただきたい。11)

十 因子分析の使用法

 以上のことをふまえ、因子分析の使用法を考えてみよう。
 これまで、因子分析は因子の発見ツールとして用いられることが多かった。しかし、因子分析の結果は不安定であることが分かった。どんな因子が抽出されるかは微妙な問題であり、同じデータから、まったく異なる解釈が生み出されるケースもあり得る。このことは、因子の発見ツールとしての因子分析の価値を軽くすることになるだろう。
 そこで、ひとつには尺度間の関連についての仮説探索に用いるという考え方が現れてくる。※8尺度がいくつくらいにまとめられる可能性があるかを考える。どの尺度とどの尺度の関連が深そうかを考える。解釈に用いるべき主要な尺度がどれかを考える。そういう作業のためのデータとして因子分析の結果を用いるのである。
 検証などではなく、仮説探索に用いるなら、因子分析はデータの構造をわかりやすく示してくれるツールとして有効である。仮説探索なのであるから、因子数の指定などは、いくつかやってみて、一番解釈しやすいものを選んでよい。仮説探索ツールとしての因子分析には、制約は少ない。
 もうひとつは、情報集約ツールとして位置づけである。
 たとえば、「落ち着き」と「すっきり」が同様の評定傾向を持っていれば、同様の因子負荷が得られる。このとき、「落ち着き」と「すっきり」の尺度評定値を別々に解釈するより、代表値としての因子得点で解釈する方が効率的である。特にSD法で印象を計測した場合、20尺度を評定させても、高々3因子程度で累積寄与率が9割を超えることも多い。それならば、20尺度の解析を行うより、3因子で解釈する方がわかりやすいし、効率的である。
 因子分析を情報集約ツールとして位置づけると、次のようなことが言えるようになる。
1)累積寄与率や共通性の値が意味を持つ
 情報集約にあたっては、情報のロスが少ないことが条件となる。その目安の一つは、累積寄与率である。この値が100%に近いほど、因子が尺度をうまく表現していることになる。共通性は、各尺度の情報を因子がどれだけ表現しているかを表す指標である。この値が低いということは、うまく情報を集約できていないことを表すから、その尺度だけを単独で取り出して、解釈を行う必要がある。
 累積寄与率や共通性の重要性に対し、因子寄与率や寄与率の大きさの順番(第○因子)などは、あまり意味がない。これらは、評定対象の構成や尺度を少し入れ替えただけで変化する可能性がある、不安定な値である。
2)抽出する因子数は、各因子で最も因子寄与率の高い尺度の因子負荷が1にできるだけ近づくように決める
 抽出する因子の数の決定方法には、固有値1未満の因子が抽出されたら打ち切る、固有値が大きく下がる手前で打ち切る、累積寄与率が一定の基準になったところで打ち切るなどがある。情報集約ツールとして位置づけた場合、固有値1は一つの目安であるが、そのほかに、解釈のしやすさを考えると、因子を代表する尺度の因子負荷が1に近い方が好ましいということがある。表5の場合、2因子指定の方が代表する尺度の因子負荷が第1因子?第2因子とも高いから、2因子打ち切りとするという考え方である。このとき、「変化」や「暖かさ」などは共通性の値が極端に低いので、別に解釈することになる。これは、1)に基づく。
3)因子の命名は、代表尺度の名前とする
 因子負荷が1に近いものを因子の代表尺度と呼ぶ。代表尺度の名前を因子に付けることは、命名の曖昧さをなくし、因子の意味を明確にするのに役立つ。この観点からも、因子負荷はできるだけ1に近い方がよい。
4)情緒的意味の評定尺度のみを因子分析に掛ける
 良い物?良い環境を造るためのヒントを得ようと思って、「丸みのある」、「物が少ない」のような特徴を表すような尺度を入れて因子分析すると、多数の不明瞭な因子が抽出される可能性が大きくなる。したがって、そのような事態に陥ったときには、情緒的意味の評定尺度のみを用いて因子分析し直すことが考慮されて良い。そのような場合、抽出される因子数は、3因子程度になる可能性は高い。
5)因子を代表する尺度の因子負荷を高めるために、因子分析に用いる尺度を選択することができる
 人々の印象の構造を把握しようとするなら、因子分析に用いる尺度を恣意的に減らすことはタブーであろう。できるだけ多くのSD尺度をまんべんなく用いて結果を導き出さなくてはならない。
 しかし、因子分析を情報集約ツールとして捉えるなら、計測したい印象のみを取り出して因子分析することも可能である。たとえば、表4?図10の街路景観の印象評価実験では、72尺度の評定をさせたが、そのうち17尺度のみを用いて因子分析を行った。これは、街路景観の好ましさの評定を第1因子の得点と第2因子の得点で、うまく回帰したいがために、尺度を出し入れして調整した結果である。もちろん、この場合には、印象は3次元で捉えることができるなどという言明は避けねばならない。※9
6)因子負荷表だけで判断するのではなく、必ず因子得点布置図上で確認をする
 図5のようなケースの場合、因子負荷をいくら眺めても、2つのグループは見えてこない。因子得点布置図上でなら、発見できる可能性がある。一旦グループを発見したら、2つの選択肢がある。ひとつは、グループごとに因子分析をやり直して、因子負荷表を作成するというものである。もうひとつは、そのまま放置するというものである。私は、各代表尺度の因子負荷が十分に大きければ、グループ間の比較検討が可能であるから、後者で十分だと考える。
7)因子得点布置図を用いて、評定対象と印象の関連を探る(特に、印象の工学においては)
 我々の目的は良いものを造るためのヒントを得ることであった。したがって、総合評価と印象の関係だけでなく、それが物や環境のどういった特徴と関連しているのかを考えるヒントが欲しい。それが因子得点布置図と評価対象の特徴の関連を見る作業となる。
 例えば、本文中で紹介した照明の研究では、照明の色が-居心地の良さ-の因子と、照明の明るさ(=照度)が-明るさ-の因子と、照明の明るさの分布(=輝度分布)が-すっきり感-の因子と対応した。このような解釈により、ひとつひとつの生活行為に向いた照明環境の備える特徴がどのようなものか、明らかになってきたのである。
 このような分析を行ってこそ、いいものを作るために役立つデータが得られると言っていいだろう。そのために、情報圧縮を行ったのである。
8)因子得点の解釈に誤解を生じる可能性があるときは、因子得点の代わりに因子の代表尺度の得点を用いることも考える
 因子得点は、目安に過ぎない。因子得点をもとに解釈したがために、解釈を誤ることがある。照明環境の評価実験における第3因子がそうであった。このようなケースでは、因子の代表尺度の評定をそのまま(もしくは標準化して)用いることは、得点の意味が明確になるため、推賞されて良い。特に、重回帰分析を用いて尺度感の関連を表現するときなどは、被説明変数となる尺度の意味を明確にすることを考えなくてはならない。
 このとき、因子得点の代わりに、複数の代表尺度の得点を平均して用いることも考えられるが、代表尺度の選出には注意が必要である。
9)生データでないと発見できないこともある
 図11および図12は、女子大生が色票の印象評価を行ったデータの尺度得点布置図と因子得点布置図である。因子得点布置図では、《好ましさ》の因子のばらつきが大きく、《派手さ》の因子のばらつきが小さいように見える。それに対し、生データの方では「好ましさ」の評定のばらつきが小さく、「派手さ」の評定のばらつきが大きいように見える。
 色の印象の解析では、-SD法+因子分析-を行うと3因子が得られることが当たり前であり、それを確認する研究が繰り返されてきた。しかし、それゆえに、評価性の得点のばらつきが小さいことが報告されたことはない。このような簡単なことが見過ごされてきたのは、どんな因子が抽出されるかに主眼を置きすぎた解析方法が原因だと考えられる。もっと、データの分布に気を使った解析があって良い。
 このようなことを言うと、因子分析の入力データが正規分布ではなく、偏りを示したためにこのような問題が発生したとのだという意見も出てこよう。しかし、このデータは、色空間からまんべんなく色を選んでいるのであって、そのようなやり方を取っても生じる印象の偏りは予見できない。因子分析におけるデータの標準化には弊害もあることを気に留めておき、解析結果から間違った判断を下さないように注意することが大事であろう。

 以上、[SD法+因子分析]という解析手法を用いたときに誤った解釈をしないためには、どんな点に注意したらよいか述べてきた。
 因子分析を情報集約ツールとして位置づけることは、私にとって、因子分析の問題点をすっきりと整理するための立脚点になるのであるが、みなさんはどう思われるであろうか。


[付録]因子分析と主成分分析の違い
 よく、因子分析と主成分分析の違いがわからないと言われる。わからないのも道理で、これらは一つのファミリーを形成しているのだ。主成分分析は、広義の因子分析に含まれると言う。
 それにも関わらず、因子分析と主成分分析は全く別物であり、混同してはならないと言う人もいる。その人たちの言い分のひとつは計算アルゴリズムの違いである。しかし、「主成分得点を平均0、分散1に基準化すると、相関行列の対角成分を1として実施したときの因子得点と等しくなる。12)」から、これは解析ソフトを作る人以外については大きな問題ではない。実際、十分な反復推定を行った因子分析結果と主成分分析の結果は、ほとんどの場合、類似した値を示す。
 もうひとつの言い分として、因子分析は因子の合成関数として尺度を説明するのに対し、主成分分析では尺度の合成関数として主成分を表す。ここが決定的に違うというものがある。つまり、同じ値を示したにしても、説明変数と被説明変数の関係が変化しているのだという説明である。
 もうお気づきと思うが、これは因果関係に関する話である。本文中に述べたように、因子分析では因果関係は人間が判断するのであった。したがって、因子分析と主成分分析には解析結果としての違いは小さく、解釈に違いがあるのだということになる。因子分析と主成分分析が異なると述べる人たちは、解析+解釈を指して違いがあると述べているわけだ。しかし、これまで見てきたように解釈には恣意性がつきまとっているから、解析の部分だけに着目して、2つの分析は仲間であると言っておいた方がシンプルであろう。実際、筆者の使用している統計解析ソフトの一つには、Factor Analysisの中に、Principal Componentsが含まれている。
 この場合、回転を含まないものを主成分分析と呼び、回転を含んだ場合には、主成分法+バリマックス回転による因子分析というように記述することになる。回転の有無が主成分分析と主成分法による因子分析を分けるということだ。
 主成分法による因子の抽出は、他の因子抽出法と異なり、解が一意に決定するという特長を備えている。したがって、因子分析を行うときには、主成分法を用いることがお奨めである。


1)槙 究、山本早里‥パーソナルカラーの印象評価、日本色彩学会誌、1999
2)丘本正‥因子分析の基礎、日科技連出版社、1986
3)藤森保編‥心理学事典、平凡社、1981
4)小林重順‥カラーイメージスケール、講談社、1990
5)空間とあかりのあり方に関する研究(2)特別研究委員会‥空間と明かりのあり方に関する研究(2)報告書、社団法人照明学会、1997.3
6)槙 究、中村芳樹、乾 正雄‥街路景観の評価構造の安定性、日本建築学会計画系論文集、No.458、1994.4
7)澤 知江、槙 究‥室内の雰囲気評価におよぼす色彩と照明の複合効果、日本建築学会大会学術講演梗概集D、pp.415-418、1996
8)武藤 浩、槙 究、中村芳樹、乾 正雄‥街路景観評価に与えるテクスチュアの影響、日本建築学会大会学術講演梗概集D、pp.37-40、1989
9)朝野熙彦‥入門 多変量解析の実際、講談社、1997
10)讃井純一郎、乾 正雄‥個人差及び階層性を考慮した住環境評価構造のモデル化-認知心理学に基づく住環境評価に関する研究(2)-、日本建築学会計画系論文報告集、No.374、1987.4
11)槙 究‥印象を測定するときの対象範囲の設定の仕方、現代のエスプリ、pp.66-83、至文堂、1997.11
12)市川伸一編著‥心理測定法への招待 測定からみた心理学入門、サイエンス社、1991
13)岩下豊彦‥SD法によるイメージの測定、川島書店、1983
14)竹内啓監修‥SASによるデータ解析入門、東京大学出版会、1987

槙の書いた文章

専門雑誌などに書いた文章を集めています。

色彩

色彩設計の実例から考える
(色彩シンポ2005.10)
AIC2008報告
(色彩学会誌2008.09)
建築?都市の色彩に求められるアカデミック?スタンダードとは?
(色彩学会誌2009.01)

環境心理

アフォーダンス
(建築雑誌1994.11)
わかりやすいガイドライン
(建築雑誌2001.06)
環境評価構造の個人差
(建築雑誌2003.08)
文化的側面を環境心理研究に、どう取り入れるか?
(文化と環境心理SWG報告書2005.03)

感性?印象

印象評価解析における因子分析の使用法
(「印象の工学とは何か」より)

その他

現象学から考える
(人間?環境系理論検討SWG報告書2001.03)