1. 街並みの色彩、建築外観の色彩
乾は近著1)において、「中世の街並みだけが美しかったのかもしれない」と述べている。中世においては、自然素材が建築に用いられたから、彩色という意識は乏しかったであろう。そして、建設地の近場で採取される材料を使用するのだから、それらの色彩に自然なばらつきが残るとしても、ある範囲に収まるのであり、それが街並みとしての統一感をもたらすことになったであろう。さらに専制統治の下にあるとすれば、規制?統制も強制力を持っていたであろう。
これまでに実施された模型やスライドやカラーシミュレーション画像を用いた評定研究2)の多くは、まとまりのある街並みが調和していると見なされることを明らかにしている。上述のような状況は、街並みのまとまりを生み出すには都合が良かった。
翻って現代はどうだろうか。建築が工業製品化するにしたがって、建築材料は世界各地から集められ、均質な製品として流通し、クライアントの依頼に応じて、地域に関係なくばらまかれる。建築も商品であるから、購入されるだけの商品価値を訴えるべく、デザインが主張することになり、個性化を招く。街並みのまとまり創出という観点からは、心許ない状況にある。ヨーロッパの都市のように、伝統にしたがった街作りのコンセンサスが存在すると思われていたところでも、ロンドンやベルリンに特異な形態の建築物が出現するほどであるから、第二次世界大戦で伝統を破壊した日本は言わずもがな、なのである。
そこで、街並み全体に統一感を持たせることをあきらめ、個々の建築のレベルを上げることで街並み全体のレベルも上げることができないかという発想が出てくる。乾は、20年ほど前に、そのような考えを記している。3)街並みの評価研究が街並みの全体性を言う中で、果たしてそのような考え方に有効性はあるだろうか。その点について、実例を参照しながら考えていきたい。
当シンポジウムの参考図書「建築の色彩設計法」には、全部で18の事例が掲載されている。このうち、街並み全体を作り替えるような試みとしては、六本木ヒルズの事例が挙げられている。
六本木ヒルズの森タワーは、いかにもオフィスビルらしく、金属の鎧を身にまとっているが、低層部は大理石(カソータ産のライムストーン)で統一され、心地よい散策を楽しむことができる。これは、アトリウム的なショッピングモールであるウェストウォークだけでなく、商業施設であるけやき坂コンプレックスを抜けて毛利庭園に至るまで、一貫したデザインとなっている。人の視線は水平方向にあり、情報は主に注視点のある視線方向から得られていることを考えると、視界を限定した設計となっているモール部分では低層部のまとまりが重要になる。全体を森ビルがコーディネートし、一つのデザイン事務所に低層部のデザインを任せたことが、共通性を生み出すのに役だったといえるだろう。
しかし、このようなデザイン手法は、比較的大規模な新規開発もしくは再開発以外のケースでは使いづらいのではないか。建築単体で周辺環境を含めた景観を向上させるという役割を担うケースではどのような色彩が用いられているだろうか。それを考える上で、大阪の2つの事例(舞州の清掃工場、海遊館)は、共通項が感じられて面白い。それぞれが鮮やかな色彩を身にまとい、周辺環境から浮き出ることを意図しているかのようである。これらは湾岸の新規開発であるが、その周辺環境はというと、「ぼんやりとした白」の印象の色のない地域である。そこに対比的に色が主張しているのである。
ここで思い出されるのが、小林らの研究4)である。といっても、実のところ、これはインテリアの色彩についての研究なのであるが、周辺から浮き立つ特性を持った事例に適用できる可能性があると考えられるので、紹介させていただこう。
それは、喫茶店の模型に数種の色彩バリエーションを持った家具模型を並べてもらうという実験である。数十名の作成したサンプルは大きく2つのグループに分けて捉えることができそうであった。ひとつは壁の色と類似の色彩でインテリアを構成したサンプルであり、これまでの話の流れで言えば、全体のまとまりを重視したと考えられるタイプである。もう一方は茶色の壁に対して白いテーブルを並べるというように異なった色が選ばれたサンプルで、作成者は「茶色の内装は若者が利用するカフェとして地味すぎるので、少し派手目にした」、「茶色内装では開放感が感じられないので、ゆとりと軽さをもたせられるようにした」というように、与えられた環境に足りない要素を補完するイメージを具体化したという内容のコメントを発している。
海遊館のコンセプトに「大阪湾のランドマーク」という言葉がある。目立つことが意図されているのである。大阪の2つの事例を華やかさに欠ける周辺環境を盛り上げるものと考えれば、華やかすぎるように感じられる外壁色彩も肯定的に捉えられる可能性を持つ。当該テキストへの掲載も、そのような評価が為されたためではないかと推測する。
そういった可能性を認めつつも、なお、次の2つの点に留意する必要があると考える。ひとつは、このような鮮やかな色調は周囲から浮いたものと捉える人も多数存在する可能性は高く、マジョリティーの判断と言いうるかどうかには疑問符が付くということである。周囲が白っぽい色であれば、それはマジョリティーになる可能性は高いかもしれないが、確認が必要であろう。もう一つは、周辺環境が変化した際には、評価を貶める要素に変貌する可能性があるということである。周囲に色味が乏しいからこそ補償作用に肯定的になれるのであって、周囲がそれを真似し始めれば、とたんに醜悪な構成要素のひとつとなる可能性があるのではなかろうか。
このような色彩設計を他の建築物に適用するにあたっては、上記のような視点からの検討が必要になってくるだろう。
さて、このように書いてくると、既存の街並みに新しい建物をはめ込んだ事例も気になってくる。パズルの絵柄は最後の1ピースによって魅力を増したであろうか。2つの事例、京都の新風館と東京の龍角散ビルから考えていく。
京都の新風館は、大正時代に建設された京都中央電話局のファサードを残している。そのため、烏丸通りからの眺めは、周辺よりも一昔前の佇まいを見せている。周辺はオフィス街であり、近代的なビルも多い。横浜などを歩いても感じることだが、近代的なオフィスの谷間にある明治?大正期に建てられた煉瓦造りや石造りの建物は、異質な感じはするが、違和感はそれほど大きくはないように思う。
昔、コンピューターを使用した作業と街並みのスライド評定をセットにした実験を実施したことがある。一度印象評定してもらった後、集中を必要とする作業をさせた上で、もう一度評定してもらうというものである。5)その結果、疲れやすい人が相対的に好むのは昔ながらの街並みであるという結果が出た。その伝で解釈すれば、歴史的建造物はアルミやステンレスやガラスが作り出す街並みに添えられた一服の清涼剤となる可能性がある。
東京の龍角散ビルも周辺はオフィス街である。6車線の道路に挟まれた角地にあり、ランドマークになることを意図したという割にはオーソドックスな印象を与える建物である。実際に通りから眺めてみると、花崗岩の壁面のベージュと基壇部の黒の印象が強く、緑のガラスも、柔らかである(もっとも、訪れたのが雨の降り出しそうな曇りの日であったからかもしれないが..)。周辺には無彩色を基調とした建物が多いのであるが、それほど違和感はない。
このように、YR系の建物は、周辺となじむ力は強いように思われる。また、これらは、周辺の建物が真似して建物群を形成しても問題はなさそうである。日本のビルには白を基調としたものが多いが、YR系のビルも、もう少し増えて良いように思われる。
以上、類似色によるまとまりを形成するという手法がオーソドックスなものであり、ある大きさの領域を整備できるのであれば有効であろうこと、周辺に足りない要素を補うというやり方も考えられるが、周辺環境が変化する可能性も考慮した色彩計画が求められること、もっとYR系の街並みが増えても良いのではないかという提案、について述べた。
このように考えてくると、幕張ベイタウン?グランパティオス公園東の町に触れないわけにはいかないだろう。総合的な色彩計画が入った事例であるが、上述のどれにも当てはまらないからである。とは言っても、もうずいぶん前に訪れた街であるし、当該街区だけの印象は薄く、幕張ベイタウン全体の印象が強いので、そちらを話題にさせていただく。
参考図書の記述からもわかるように、グランパティオス公園東の町は相当綿密に色彩計画が行われているようである。幕張ベイタウン自体も色彩計画は相当考慮されたようであるし、1999年にグッドデザイン賞を受賞している。しかし、個人的な印象としては、それほどよい色彩計画には見えてこない。
マスタープランを作成し、何度も話し合って調整を行ったということであるから、六本木ヒルズと同様の手法と捉えることが可能とみえるが、2つの相違点があると思う。
ひとつは、街路の右と左で異なったデザイン?色の街を形成している点である。パティオス○○街という街区ごとに建築主を変えたことがその大きな要因となっている。1階部分を共通性を持たせたデザインとすることは通常、有効な手法であるが、街区ごとに異なるようだと、その効果も薄い。
もうひとつは、街路が碁盤の目状であるので、見通しが良いということである。その結果、建物の高低の変化による面白味が味わえる代わりに、中上層部の少しずつ異なったデザインも目に入ってきてしまうのである。クルドサック的な空間構成であれば、また違った結果になったであろう。
全体のコンセプトとしては、類似トーンとすることでまとまりを演出しようとしたのではないかと思われるが、できあがりは個性と共通性の妥協の産物であるように見えてしかたがない。やはり、街並みは色相でコントロールした方がよいのではなかろうか。色彩計画が積極的に為されるようになってきたけれども、その手法は発展途上であった時代のマイルストーンという位置づけが相応しいと思う。(近年、色彩設計のレベルは急速に向上していると感じている。)
2. 室内の色彩
「建築の色彩設計法」に掲載されている事例は、「やはり」というべきであろうか、外観の色彩設計が主であり、室内の色彩設計は従である。街並みは放っておくと悪化していく状況があり、条例などによる規制にあたっても裏付けとなるデータや考え方が必要であろうから、問題意識が顕在化しやすい。一方、室内においては、YR系の高明度?低彩度色を基調としたものがベースとなるのだから、積極的な色彩設計事例が見えてこない。そういう図式ではなかろうか。
参考図書において、室内に言及している事例が、病院や学校に多いのは特徴的である。建築計画研究にも乗りやすい、部分の機能が比較的単純化できる建築においては、色彩調節的な考え方がなじみやすいから、積極的な色彩計画がしやすいのであろう。
その中で、参考図書からひとつ事例を取り上げるとすれば、青梅市立総合病院救急救命センターが相応しいだろう。ここには、土曜日の午後、閑散とした時間帯に訪れることができた。あまり時間もなく、動線部分とそこに付属する待合いスペースを眺めただけであるが、配色が成功していると感じられる珍しいケースであった。
特徴は2つ挙げられると思う。
ひとつは、色の選択である。全体としてはオフホワイトとベージュなどのYR系の色が基調となっており、ベージュグリーンのような柔らかい色と主張しすぎないブルーグレーが時に床のカーペットタイルに使用されている。白を基調として清潔感と明るさを確保しながら、テクスチャのある床面に若干の色味の変化を加え、単調さや冷たさから救っている。色の効果だけでなく、素材の効果を組み合わせるというときに、ある程度鮮やかな色彩に粗いテクスチャを組み合わせる、面積を限定するということは考えられてよいのではないだろうか。
もう1つは、木製アートや布アートなどの存在である。基調とした色彩と類似した色彩の範囲で構成されたアートが点在しており、これが、「病院の壁」を親しみやすくしている。また、廊下の床面と供応しながらオリエンテーションを容易にしている。色彩による階ごとのゾーニングは、落ち着きが欠ける原因となることもしばしばであるが、それが違和感なく実現されている。このようなアート的な要素は、近代建築の壁面から省かれる傾向にあったし、カラーシミュレーションを用いた研究などでも対象にされることは少なかった。しかし、室内をトータルに捉えたとき、印象に大きな影響を及ぼす要因として、またオリエンテーションのような機能的な側面をも考えていく必要があるのではなかろうか。
3. 半屋内空間(商業空間)
さて、海遊館を見に出かけたとき、南港にあるアジア太平洋トレードセンターにも立ち寄ってみた。ここは大型のショッピングセンターであり、近年増加しつつある室内に街を作ったような事例である。通路部分にはなかなか強いオレンジが使用されていて、唖然とさせられた。セールスと関わりのあるこういった空間になると、極彩色が使用されることがある。建築の外部空間であれば先述のようにまとまりの視点が求められるだろうし、内部であればW系やYR系の落ち着いた色彩が支配的であることを考えると、こういった空間はその中間の曖昧さを持っているのかもしれない。
その翌々日に訪れた新風館は、外観は大正時代のままであるが、中庭広場は極彩色のフレームに取り囲まれ、ちょっとした非日常性を感じさせる空間である。青も黄もピンクもどぎつい。ポンピドゥーで試みた色彩をR.ロジャースが内部に持ち込んだと考えてもいいだろう。
実は、これが私には耐えられなかった。ポンピドゥーの場合、派手な色はそれなりにまとめて部分に配しているのに対し、こちらは四周を青が覆っているのである。ラインとして扱っていたはずの色が面的に迫ってくる。アトリウム的な空間のそこここにちりばめられた幟と相まって作り出されたにぎわいの演出は過剰に思えた。
それでは何色ならいいかと考えてみたのだが、まったく答えが思い浮かばない。最善策かもしれないと思えたのは、現状の青であった。色以外も考えていいのであれば、ワイヤーで木製の階段を支えるか、ガラスを多用して周囲の壁面をそのまま活かすか、そういったアイデアが思い浮かぶのであるが、色となるとうまくいかないのである。
そこで考えなければと思ったのが、色だけでは解決できないデザイン的な課題があるのではないかということ(「色のデザイン」ではなく「デザインの中の色」)であり、にぎわいを感じさせるがどぎつくはない色遣いについて考察することであった。
実例をもとにして考えてきたことを並べてきたこのモノローグも紙幅がつきたようだ。この辺でひとまず筆を置くことにする。
1)乾正雄『街並みの年齢』論創社、2004
2)たとえば、槙究、山本早里、飯島祥二、武藤浩:街路景観評価における色彩調和論の有効性の検討、日本色彩学会誌、Vol.21、No.2、pp.62-73、1997、稲垣卓造「都市の構図と構成要素がその色彩評価に与える影響」日本建築学会計画系論文集、No.462、1994.8など
3)色の話編集委員会編『色のはなし2』技報堂出版、1986
4)小林茂雄、萩原利衣子「インテリアの内装色彩が家具の色彩選定とレイアウトに与える影響カフェの模型を用いた家具レイアウト実験による検討」日本建築学会環境系論文集、No.571、pp.17-23、2003.9
5)槙究、大村容子「街路景観評価に及ぼす疲労の影響?VDT作業前後の評価比較?」(第8回人間?環境学会大会)、人間?環境学会誌、Vol.7、No.1、pp.50、2001.11