卒業論文ピックアップ

階段の世界にようこそ
→階段の物語を読み解いていくと違った風景に見えてきます


 実践女子大学のある日野市は、台地と川の交錯する地形のため、街の中に多くの坂や階段があります。みなさんは階段に遭遇したとき、どのように思うでしょう。階段を上らなければいけない状況だったら「面倒くさいな~」と思うかもしれませんし、階段を通る必要がなければ何も気にとめることはないでしょう。街の中の階段の多くは、とくに変わったデザインをしているわけでもありません。

 それでも、日野市内全域を巡って130箇所の階段を調べてみたら、けっこういろんなタイプの階段が見つかりました。まっすぐの階段もあれば途中で折れ曲がる階段もある、ほんの数段の階段もあれば見るだけで嫌になるような長い階段もあります。どうしてこんなつくられ方をしているのか、ちょっと不思議な階段も見つかります。

道の右端に作られた階段が最後電柱にぶつかる    複雑の形状の挙げ句、行く宛の無い階段
 いろんな階段を調べていくうちに、階段はただ上り下りするためだけの交通路ではなく、日常の世界に少し異なる視点を提供するような役割があるのではないかと気づきました。それぞれの階段には、その周りと影響し合いながらつくられている物語がある、その物語を読み解いていくことで、階段のある景色が豊かに見えてくるように感じます。

 たとえば、階段を上りきったり下りきったとき、それまでいた世界から急に違った世界に足を踏み入れたような気になることがあります。階段は、下の世界と上の世界という2つの異なる世界をつなぎ、その移り変わりを体験させる役割があります。階段の形状や周辺環境によって、急な変化から緩やかな変化まで、さまざまな体験が生み出されていました。

階段下(左)から階段を上ってみると、階段上(右)はまるで別世界に感じられる

 また、長い階段を上って頂上で振り返り、眼下に街を見下ろしてみると、今までの日常の世界がちょっと違った景色に見えてきます。そこに見えているのは自分の知らない世界ではなく、非日常的な感覚ではあるけれど、階段によって繋がれている世界であり、再び自分がそこへ戻っていく世界であることを認識させてくれるようです。

長い階段を上りきって振り返ると、今まで自分のいた街が異なる視点から一望できる

 そして、私たちが階段に踏み入れたとき、あるいは踏み入れようとしたとき、周囲から独立した階段独自の世界を感じさせてくれることがあります。両側が壁面で囲まれたり、住宅や木々などで囲まれた階段、折れて先が見えない階段などは、周りへの視線が閉ざされた閉鎖的な世界です。階段の形状や素材、周辺の要素などが、その階段特有の物語を紡いでいます。

両側が壁で切り取られた階段  カーブして行き先が見えず、緑に囲まれた階段

 階段の素材が途中で変わっていたり、歴史を感じさせるような作りをしていたり、あるいは土や植物に半分覆われて使われなくなってしまった階段などを見ると、その階段が経験してきただろう時間の流れを想像することができます。隣接する住宅の私物が階段にはみ出していたり、住人が手を加えたような跡があると、階段を通したさまざまな人の営みに想像が及んでいくでしょう。

新しい階段の横に歴史を感じさせる古い石段が残る  住宅からはみ出す私物が住人の生活を想像させる

 階段は、上ったり下りたりする人の動きを誘発します。そこにいるだけで、階段を駆け上がったり駆け下りたり、階段の奥へと分け入っていく自分の姿が想像できるような階段もあります。仮想の「私」が物語の主人公として振る舞う世界を、実際の「私」が別の視点から見ているような体験をもたらしてくれるのです。

そのまま空に飛び立っていこうとする姿が目に浮かぶ   眼下を見下ろしながらゆっくり下る大階段

 このような、階段のもたらす様々な世界の見え方は、一つの階段の中でもいろいろ複合されて体験されるでしょう。さらに、階段を通っている人や階段を見ている人など、他者がそこに居ると、他者が階段と一体となってつくりだす物語の世界を感じたり、他者の階段を上りきった後の生活の様子にまで思いを巡らせたり、他者の感じている世界に自分を投影して追体験するような感覚が得られたりと、その体験がより複雑で豊かなものになるように感じます。

離れてみると仮想的にさまざまな体験が複合される   風景に他者がいると人+階段の関係が複雑化する

 一見何の変哲もない、それでいて意外と奥深い階段の世界。実際に巡ってみた日野市の130箇所の階段の中から、お薦め階段50選を冊子にまとめています。興味のある方は、是非手に取って見てみてください。

階段を通して見る世界(中村若菜)より

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