安齋 利典先生
ユーザーの立場に立った
ヒューマンセンタードデザインで
世の中を豊かに
安齋 利典
Toshinori ANZAI
生活環境学科
専門分野?専攻 プロダクトデザイン、デザインマネジメント、HCD(人間中心設計)、デザインプロセス
Toshinori ANZAI
生活環境学科
専門分野?専攻 プロダクトデザイン、デザインマネジメント、HCD(人間中心設計)、デザインプロセス
[プロフィール]千葉大学大学院工学研究科工業意匠専攻修了。その後、三菱電機株式会社入社し、三菱電機フランスデザインスタジオディレクター、宣伝部デジタルメディアグループマネージャー、同ウェブサイト統括センター長を歴任。千葉工業大学にて博士(工学)取得後、札幌市立大学デザイン学部教授を経て2023年より現職。
工業意匠を学び、メーカーのプロダクトデザイナーに
将来の方向性を決める高校進学時に抱いた夢は、パイロットになることでした。しかし高校2年の頃、「航空ファン」という雑誌の裏表紙に掲載されていたANA(全日本空輸)のパイロット養成者募集の広告を見て、自分は身長?体重?視力がパイロットの基準に満たないと知り愕然。乗る側から作る側へ切り替えて、航空工学を学びエンジニアを目指そうかと考えました。ですが、もともと図工や美術が得意だったということもあり、大学では双方に関わるデザインについて学ぼうと工業意匠を専攻しました。大学3年生くらいまではグラフィックデザインへの関心が高く、将来はレコードジャケットをデザインしたいと考えていました。しかし、当時の指導教員だった杉山和雄先生の勧めもあり、そのまま大学院の修士課程に進学。ブラックボックス化していたデザインを解析するなど、先進的な研究に取り組みました。
その後、三菱電機株式会社にデザイナーとして入社。BtoB製品の担当となり、無線通信機や自動車電話機、デジタル録再機などをデザインしました。入社1年目に手掛けた無線通信機はグッドデザイン賞を受賞し、デザイナーとしてなかなか順調なスタートを切りました。
入社から5年ほど経ったところで、海外要員育成留学研修の対象となりアメリカへ。プロジェクションテレビやステレオセットなど、海外向けのAV(オーディオビジュアル)製品を担当することになりました。やがて、携帯電話が全世界的に普及し始める頃にはフランスデザインスタジオにディレクターとして派遣され、携帯電話のデザインディレクションとマネジメントを手掛けました。
根底にあるのは「ヒューマンセンタードデザイン」
2000年代になると、多くの企業がWebページをマーケティングのツールとして使うようになり、三菱電機でも組織としてWebページの活用に本腰を入れることとなりました。その頃、宣伝部にWebサイトを管理運営するデジタルメディアグループが発足し、さらにWebサイト統括センターに格上げされ、私がセンター長を任されました。プロダクトデザインとWebデザイン、一見すると大きく違うものに見えるかもしれませんが、ユーザーを想定して求められるものを提供するという意味ではどちらもまったく同じでした。
プロダクトデザインにおいてもWebデザインにおいても、その根底にあるのは「ヒューマンセンタードデザイン(HCD:人間中心設計)」(JIS Z 8530:2021)の考え方です。これは、製品やサービス、Webサイトやアプリなどを開発する際に、それを使用するユーザーの使いやすさを中心において設計するというもの。当時は、Webサイトにおけるユーザビリティやアクセシビリティが重視されはじめており、これまで製品デザインやインターフェイスの開発で得てきた知見を生かすべきだと考え、Webサイトの運用においてもヒューマンセンタードデザインをいち早く取り入れました。
BtoB製品のユーザビリティ評価などを研究
いずれは大学に戻って研究を続けたいという思いがあり、三菱電機を退職する直前に博士号(工学)を取得しました。それ以降、プロダクトデザインやデザインプロセス、デザインマネジメントを中心に研究を進めています。
現在取り組んでいるテーマの一つが「BtoB企業製品のユーザビリティ評価方法の研究」。BtoB製品のユーザーエクスペリエンス(UX)を高めるにはどうしたらよいかという問いに端を発したものです。BtoBは、企業秘密も多くあり、ユーザビリティやユーザーエクスペリエンス(UX)の研究がやりにくい分野です。ところがある企業が関心を持ちその企業の評価方法の確立に関わる指針を得ることを目的に進めています。
ほかにも、「パリの街とデザイン」というテーマにも取り組んでいます。城壁の後が道となり、1区から20区まで螺旋状に発展しているパリの街。アパルトマンは古いほど価値があるとされ、一見不合理そうな円形交差点には確かな合理性があります。文化?伝統?ファッションと、常に改革を繰り返すパリの街角に潜むデザインの断片を集め、その成り立ちや特徴などを考察し、芸術工学会で口頭発表を行いました。今後はパサージュと呼ばれる商業空間(アーケード)や、パリ地下鉄のアールヌーヴォー?デザインについても紹介し、いずれは論文としてまとめたいと考えています。
また、教育者として「ロードマップの授業への活用」についても研究しています。これは、大学院生の授業の一部に採用しているロードマップの作成過程で得られる知識や有用性の活用、デザインマネジメントの中での位置付けについて考察するもの。研究テーマに沿ったロードマップを作ることで過去の歴史を知り、研究対象の将来像を描くことができることを学生に伝えるのが狙いです。
ユーザーのためのデザインにも個性を
授業でデザインを教える際に最も重視しているのは、ユーザーのことを第一に考えるという視点です。まずはペルソナ(そのサービスや商品を利用する典型的な架空のユーザー像)を設定し、シナリオと要求仕様を考えてからコンセプトを実践するよう、学生には常々伝えています。デザインは自分のためではなく、製品やサービスを利用するユーザーのためのものです。誰がそれを使うのか、ユーザー像を想定するのがデザインの第一歩であり、決して欠かすことができないプロセスです。
また学生を指導する上では、まずはデザインに興味をもってもらえるよう、苦手意識を払拭することを心掛けています。その一例が、「デザイン基礎演習a」という授業での製品スケッチです。デザインのスケッチはデッサンや絵画とは異なり、2次元表現技法の基本的なルールさえ押さえればある程度の表現ができるようになります。そのルールを理解して実践すれば絵心や画才がなくても美しいスケッチが描けるため、絵を描くのは苦手だという学生も、「自分でもこれだけ描けるんだ!」と手応えを感じているようです。今後も、学生の自己肯定感を高めることを意識しながら指導していきたいと考えています。
デザインは非常にやりがいのある仕事です。自分がデザインした製品が店頭に並んだときの感激はひとしお。お客さまがその製品を手に取っている場面に遭遇しようものなら、思わず「それは私がデザインしたんです!」と言いたくなるはずです。自分のデザインが製品化されるなんて夢のような話だと思う人もいるかもしれませんが、シャープペンのような文房具から鍋のようなキッチン用品まで、皆さんの身の周りにあるすべての製品は誰かがデザインしたものです。つまり、非常に多くのプロダクトデザイナーが活躍しているということになります。
そして、ユーザーの使い勝手を最優先にデザインするにしても、そこにプラスαして自分のオリジナリティーを盛り込めるのがデザインの醍醐味です。三菱電機時代、テレビのデザインに苦戦していた際、上司から「人間の顔の要素は目と鼻と口と耳に限られていても、同じ顔の人なんていないじゃないか」と言われました。テレビなんてほぼフレームとディスプレイと土台だけで、個性を盛り込める余地などないように思われるかもしれませんが、そんなことはありません。デザインには新しいものを生み出す楽しさがあります。
2025年度には、本学に環境デザイン学部環境デザイン学科(仮称?設置構想中)が開設される予定です。建築?住環境、コミュニティ、プロダクト?インテリア、アパレル?ファッションなどに加え、総合?共創デザインの分野で活躍できる、デザインスキルとデザインマインドを身につけた人材を育成するのが環境デザイン学科の目的。現在、生活科学部生活環境学科に備わっている木工の工房を拡張し、塗装ブースや真空成形機、レーザーカッター、クレイオーブンなどを導入し、幅広いモデル制作ができる工房を備えたいと構想を練っているところです。皆さんにも、ぜひデザインする楽しさを体感していただけたらと願っています。