私は、大学で建築学科に所属していた。建築学科といえば設計。たぶん、建築学科に入学してくる学生のほとんどは建築家と呼ばれることを夢見ていると思う。でも、4年生になる頃には、構造設計を目指す人とか、設備設計を目指す人とかも現れて、バラエティに富んでくる。私は4年生になるとき、「建築環境心理」を専門としている先生の研究室を選んだ。それは、どんな建物がよい建物かわからなかったからだ。
大学時代は、確か1年生の時に2課題、2年生の時に4課題、3年生の時に4課題ぐらい、設計製図の課題が出たと思う。住宅から始まって、集合住宅とか学生寮とか複合施設などの課題をやった。やっているときにはそれなりに一所懸命なのだが、発表会の頃になると、嫌悪感でいっぱいになる。どうも自分の設計が気に入らないのだ。これよりもっといい設計があるに違いないという確信が日増しに強くなっていく。そして自分に自信がなくなっていく。これは結構つらい。
それで、原点に立ち返ることにした。いい設計とはどういうものか考えてみよう。
いい設計を知る方法をいろいろ考えたのだが、人に聞いてみるのが手っ取り早いのではないかとの結論になった。それが「建築環境心理」を選んだ理由である。この分野では、建築環境と人間の関わり合いを心理学的な手法や考え方を用いて探っている。
たとえば、観察という手法がある。テーブルと椅子があるとき、人々はどんな座り方をするのかを観察してみる。お、あそこのカップルは角を挟んで直角の位置に座った。こちらの老夫婦は隣同士に座っている。あっちのサラリーマンは向かい合って座っている。激論しているなあ。きっと、商談でもしているのだろう。
こんなことをしているうちに、安定した仲だと近くに座り、心を許していない相手とは離れて座るという傾向があるのではないかという仮説が生まれてくる。そうすると、実験や調査をして確かめることになる。まあ、「あなたはこの人とどれくらい仲がいいのですか。」と聞くわけにもいかないだろうから、難しさはある。でも、やり方を工夫して、仮説を検証していくわけだ。(みなさん、やり方を考えてみてください。)
仮説がある程度検証されれば、あのカップルは座り方から考えて、つきあって間もないカップルだろうなどと推理してニヤニヤしていてもいい。いやいや、本題は設計にこの知識を生かすことでした。会議室を設計するときと休憩室を設計するときでは、人の座り方が異なるから、テーブルの大きさや椅子の配置が異なってくるだろう。そうすると、座る人をイメージしながら、収まりを考える必要がある。そのとき、上のような観察データが役立つのではないだろうか。
このようなデータを積み重ねていくことで、よりよい環境を造るにはどうしたらいいのかが少しずつ見えてくるのではないか。そう考えている。
fin.
1998.04.16