エストニア共和国(以下エストニア)よりサーレマー高校(Saaremaa Gümnaasium)のイヴォ?ヴィサク(Ivo VISAK)校長が来日し、本学(渋谷キャンパス)および本校(実践女子学園中学校?高等学校)を訪問(7/26)
7月26日(金)に、16日(火)のエストニアアントレプレナーシップ応用科学大学(以下EUAS)の訪問に続いて、同じエストニアのサーレマー高校のイヴォ?ヴィサク校長が本学および本校を訪れ、EUASと同様、本学のインターン学生が積極的に国際交流を行いました。
エストニア史上最年少で校長に就任した意欲あふれるイヴォ?ヴィサク校長
「Hello!Hello!Hello!イヴォ?ヴィサクです!」
と満面の笑顔ではつらつと自己紹介から始めたヴィサク校長は、バラエティに富んだ経歴の持ち主です。高校で物理を専攻した後、出身地のタルトゥ大学で歴史や世界宗教、政治哲学を学ぶ傍ら、タルトゥ市の諮問機関に所属したり、フリーランスのデザイナーとしても活躍しました。大学卒業後は、選挙の投票権年齢引下げ活動をNGOで行い、その後首都タリンの高校などで歴史や哲学、グラフィックデザインなどの教師として教壇に立ちました。また、デザイン会社に勤務し、エストニア?アート?アカデミーで修士を取得しています。そして、31歳を迎える2020年5月に多くの候補者から選ばれ、翌年サーレマー島に開校予定のサーレマー高校の校長にエストニア史上最年少で就任しました。
「校長就任時には学校自体存在していなかったので、私の校長としての仕事は、まずチームを集め、校舎の建設やカリキュラムのプランを考えるところから始まりました(笑)」
と笑いながら説明する校長は、実は建築にも造詣が深く、非常に美しいデザインの新校舎の写真を見せてくれました。
そして就任から約1年後の2021年9月、校舎も完成し、サーレマー高校は無事にスタートし、現在500人以上の生徒が学んでいます
新しい教育にともなう生徒と教師の意識改革
この新しい学校で新しい教育をスタートしようとしたヴィサク校長ですが、改革には大きな苦労がともないます。
まず、生徒と教師たちの意識改革として「教育目的の理解の徹底」が行われました。
「目的もよくわからないまま、与えられる授業や宿題をこなすのではなく、カリキュラムごとに明確な目的を設定し、それを生徒のみならず、教師に理解してもらいます。そのための資料を作り、生徒と教師の話し合いを多く重ねました。特に『教師』は職業柄一番変わることが難しく、新しい考えを理解してもらうためには1年以上かかりました。また、生徒と教師の『自律性』や『決断力』の必要性を説き、ワークショップなども行ってきました」
古い考えのベテランの教師も多くいましたが、
「様ざまな世代の先生が一緒にいることによって、お互い補える環境につながっています。私自身は、教師や職員の人選をする際に一度も年齢は気にしたことはなく、新しいことを学びたいと思っているかということを重要視しています」
と排除するのではなく多様性を尊重し、その人の内面に着目するヴィサク校長の言葉の先に、校長の推進する新しい教育が垣間見えます。
また、「学習に対するモティベーション改革」も行いました。古い教育では、教師からのプレッシャーや試験の不出来による落第といったネガティブな「外的モティベーション」を機能させることが多かったのですが、新しい教育では、やりたいことをするために内側から湧いてくるポジティブな「内的モティベーション」に転換させていきました。
柔軟性の高いエストニアの教育システムによって与えられるトライ&エラーのできる土壌
エストニアの教育システムは日本と似ており、9年間の義務教育の後一般中等教育が3年ありますが、そのカリキュラム編成については柔軟性が高く、サーレマー高校のように公立でも、3分の1のカリキュラムは各学校が自由に決めることができます。
「これは、高校が国の法律によって、トライ&エラーしやすい土壌を与えられているということです。学校自体が『実験場』なのです」
しかも、この自由なカリキュラムでは、学士さえあれば教師として採用できるので、例えば、現役の弁護士が学校で法律の授業を教えることも可能です。
また、国の法律によって校長の裁量権も確保されており、エストニアの校長は教師の採用も予算の運用も何でも自分で決めることができます。こうした裁量権があるからこそ、目標を定めてトライ&エラーをしながら、達成することができるのです。
サーレマー高校におけるアントレプレナーシップ教育
エストニアのアントレナーシップ教育については、EUASのところでも詳しいお話がありましたが、ヴィサク校長の考える「アントレプレナーシップがある人」は、「社会問題を自分ごととして考え、様ざまな分野の人たちと協力しながら解決できる人」です。「自分ごととして考える」とは、例えば車椅子をデザインする際に、実際に車椅子に乗って身体の不自由さを身をもって体験し、理解することです。
サーレマー高校では1年時に、アニマル?シェルターやフード?バンクの運営団体、文化や自然の保護団体、高齢者施設など様ざまな社会問題を扱うNGOに参加して実際に社会貢献活動をする「サーヴィス?ラーニング(Service Learning)」を必修科目としました。最終的に自分の活動と社会のつながりや貢献度についての理解を問う試験を受けて修了します。
「私はこの学校から輩出される人は、この国のアイデンティティや社会問題について真剣に考えられる人であって欲しいと願っています」
と自身が若い頃から社会問題に対して真剣に向き合ってきたヴィサク校長らしい願いです。
ヴィサク校長による新しい教育が行われてきたサーレマー高校は今年3年目が終わり、5月に154人の生徒が初の卒業生となりました。
「学校自体がトライ&エラーが行われる『実験場』だとすれば、彼らは『初の被験者』というわけです(笑)」
と、ユーモアたっぷりの校長ですが、「初の実験結果」には満足の様子。
「この9月に4年目を迎える若い学校なので、これからもさらに優れた『被験者』を多く育て輩出していくことになります」
と意欲を語ってくれました。
学校から始まり、国家を支えることとなった民主主義
ヴィサク校長が校長に応募した動機は、世界が社会性を失い、若者たちが「ソーシャル?メディア」という「歪んだ鏡」に振り回され、メンタルの危機を迎えていることだと言います。
「人間には対面での対話力や所属するコミュニティが必要だと思いますし、このトピックは私にとって非常に大切なので、私の高校でも扱っています」
校長が重要視する対面対話力は、日頃から訓練していないとなかなか習得できないものですが、エストニアでは法律で小学校、中学校、高校、大学には必ず、その校長の傍に生徒による諮問機関を設置することが定められており、生徒たちは校長に提言や時には前向きな批判もしながら、対話力を養っています。
「生徒が教師にものが言える環境は民主主義的で、対話力の伸長にも寄与するので、こうしたプラットフォームがある環境が大事です。対話力が育つことで、自分が民主主義社会の一員として機能している、という自覚が生まれます。自分が自身の人生において主人公であるという主体性を大切にするべき」
と言う校長は、自身も市の諮問機関にいた経歴を持ちますが、今は声を聴く側です。
「私が生徒の声や意見を見下したり聴かないということはありません。こうしたプラットフォームがあるからこそ、教師たちや職員も生徒の声に耳を傾けるのです」
「民主主義は、エストニア国家の支えにもなっています」
と校長が言うように、エストニアの民主化は、1991年の旧ソ連からの独立といった歴史的背景が多大に影響しています。EUやNATOの加盟による社会変化にともなって教育も変わっていく中で、教師と生徒の相互関係、対話が発展していきました。その学校での民主主義が国全体に広がって、今の民主主義的なエストニアがあるのです。
民主主義的対話力の話に、本学園の渡辺大輔ESD推進部部長も感銘を受け、その後のミーティングでも、
「ぜひそういった民主主義的な対話力を、本学園の教育にも取り入れていきたい」
と熱く語りました。
そして、ヴィサク校長の「日本の学生はなぜ発言しないのか」という問いはインターン学生にとても響き、エストニアと日本における先生と生徒の関係性の違いについて、その後のディスカッションでも多く語られました。
国際的な対話力としての英語力
国際的な対話言語となる英語ですが、ほとんどのインターン学生が日本の英会話能力の低さを課題として感じており、英語の話題も多く話されました。
エストニアの英語教育は小学校1、2年生から始まり、特に会話に一番力を入れており、高校卒業時には、ケンブリッジ大学の試験 をCEFR C1、C2レベルで受験できるレベルです。EUに加盟しているエストニアの高校生の進学先は近隣のヨーロッパ諸国である場合も多く、英語力は必須スキルなのです。
「小国が生き延びる道としては国際化することが必須で、ひとりひとりが国を代表する『大使』という自覚を持って国際社会を生き延びねばならない」
と、国が英会話力に注力するシビアな背景を聞き、刺激を受けたインターンの学生たちに対してヴィサク校長は、
「恥ずかしがらずに、多少文法的に間違えててもどんどん話すことが大事」
と助言をくれ、長いディスカッションを終えました。
インターン学生の案内によるキャンパスツアーおよび「桃夭館」視察と日本文化体験
最後にEUAS訪問時と同様、ヴィサク校長をインターン学生たちが英語で本学内を案内しましたが、特にPCがずらりと並んだPC演習室に目が留まった様子。
その後、中学校?高等学校の校舎「桃夭館」に移り、本学園中学校高等学校の湯浅 茂雄校長と城 礼子高等学校教頭に挨拶されました。実はエストニアでは名刺が無いのですが、ヴィサク校長はこの日のために名刺をわざわざ作ってこられました。その後、城教頭の案内で館内を視察されましたが、「コンサートホールはありますか?」と問うアート志向のヴィサク校長を桜講堂にご案内すると、とても関心を寄せていました。その後、日本文化実習室で茶道部の生徒によるお手前が披露され、今回はインターン学生がすすんで和菓子やお茶の飲み方について英語で説明をしました。
また、香雪記念室や学園の沿革の説明を興味深く聞かれ、「創設者の下田歌子がヴィクトリア女王に拝謁した最初の日本人」と聞くと驚いていました。
今回参加したインターン学生は、事前にチーム?ミーティングなどを行い、自発的に準備を整えました。2つの学校の訪問を無事に終えた後、全員の表情が最初よりもずっと自信に満ちた表情に変化していました。また、7月31日には7月16日?26日のエストニア外交インターンシップの報告会を開催いたしました。インターン学生それぞれ、インターンシップを通じて学んだことやそれをどのように今後活かしていきたいかを発表し、今回のエストニア教育機関訪問にあたりご協力いただいたNext innovaion O?の皆様から非常に丁寧なフィードバックをいただきました。
セミナーに参加したインターン学生のコメント
教師と生徒が対話できる関係や意識改革の話が印象的でした。
また、中学から英語を学んでいても会話できない日本人が多いので、日本の英語教育は、会話にフォーカスしてマインドセットを変えなければいけないと思いました。