<研究室訪問>作田 由衣子准教授
実践女子学園には、各分野の最先端を追究する教員が数多く在籍しています。
今回登場するのは、生活科学部 生活文化学科の先生。「印象」の研究で、心理学分野の注目を集めています。
「印象」のあやふやさを踏まえ、事実を見極める姿勢を重視する
モノや人を見た瞬間に私たちの中に生じる「印象」。それまでの経験に基づいて判断した結果から生まれ、ある程度信頼できるものと思われがちですが、実験から浮かび上がってきた実態はどのようなものだったのでしょうか。
知覚や認知の仕組みとそれが人に与える影響について研究する作田先生に解き明かしていただきました。
心理学は一般的に思われるような、「人との関係」や「気持ち」にとどまらず、見る?聞くなどの感覚や運動なども幅広く研究対象とする学問です。私は知覚心理学?認知心理学を専門に、人がどのように周囲の情報を受け止めて知覚したり認知しているかを研究しています。
学生の頃からずっと力を入れているのが「印象」の研究です。人は何かを目にした時、瞬間的にその対象に対する何らかの印象を抱きます。例えば初めて会う人に「真面目そう」と感じる、といったことです。「印象は、それまでの社会的経験などを基盤にして行われた評価に基づくもの」と思われがちですが、印象を知覚する能力がどのように発達していくかは、これまでほとんど解明されてきませんでした。もし、印象を知覚するのに社会的な経験を必要としないのなら、赤ちゃんも大人と同じように顔やモノから印象を感じることができると考えられます。
そこで中央大学?日本女子大学との共同研究で、6~8カ月の乳児44名を対象に実験を行い、「信頼感」(いい人そう)と「支配性」(強そう)の高い/低い印象を組み合わせた4つのCGの顔画像を見せて、どれを注目するか、注視時間を計測しました。すると支配性も信頼感も高い顔と、支配性は高く信頼感は低い顔を並べて見せると、信頼感が高い顔の方をより注視する結果が得られました。ここから、赤ちゃんは社会的な経験に基づいて「評価」しているのではなく、物理的な情報から直接「自分を守ってくれそう」という印象を抱き、安心感が得られる方を眺めているのではないか、と解釈しました。例えば道に迷った時、周囲の誰に話しかければ教えてくれそうか判断するためには、一人ひとりとじっくり話したり行動を観察して判断するよりも、パッと見て抱いた感じを基に行動した方が、効率が良い。このような印象を知覚するシステムは生まれつき私たちの中に備わっているのではないでしょうか。一方でこうしたことを踏まえると、「信頼できそう」といった印象は必ずしも事実を正確に反映したものではない、ということも言えます。実際、選挙の投票行動と立候補者の顔の印象についてのアメリカの研究では、多くの人が候補者の行動や実績ではなく「有能そう」といった印象で投票する傾向があった、という結果が出ています。就職活動でも、その人が持つ能力ではなく面接や履歴書の写真などの見た目で判断される可能性があります。「印象」のこうした危うさを知っておくことが大切です。
赤ちゃんに参加してもらった研究をさらに深掘りする形で、2~6歳ぐらいの幼児を対象に実験を行ったところ、信頼感についてアメリカの成人と同様の印象を感じることがわかりました。けれど、日本の成人は幼児とはまた異なる印象を感じることがわかりました。これにより、対象の評価については成長の過程で何らかの文化的な影響を受けるのではないか、と考えられます。印象の知覚において、文化の影響を受けない普遍性は存在するのか、またそれはどういうものなのかが気になっています。今後はこの「印象と文化差」というテーマについて追究していきたいです。
主催するゼミ(認知心理学研究室)では人の感性の働きに注目し、人が世界をどのように認識しているかを研究します。研究は実験をベースに行いますが、準備に時間がかかったり参加者が集まらないなど、想定外のことが度々生じます。したがって学生に対しては、先々を見通して行動する計画性が養えるよう、早めに計画を立て行動することを指導しています。また、知覚や認知の仕組みを知ることで、情報に対するリテラシーも持ってほしい。もっともらしい見た目の人がもっともらしい発言をすることがメディアなどでも珍しくありませんが、「印象」のあやふやさを把握した上で、この情報は実験などに基づく確かなものか、実験を行っていた場合その手続きは正当かといったことを自分で判断し、事実を見極める力を体得してほしいと考えています。