? Pick Up ? 輝く卒業生をご紹介
文学部国文学科を卒業された紫衣(しい)さんが、2020年に4月に第58回現代詩手帖賞を受賞されました。
現代詩手帖賞は、月刊誌『現代詩手帖』を発行する思潮社が1960年に創設した現代詩の公募新人賞です。
今回、紫衣さんから受賞された喜びの声や学生時代の思い出、影響を受けた詩人などをお聞きすることができました。在学生に向けたメッセージもいただきましたので、ぜひご覧ください。
(撮影: 尾沼慎弥)
紫衣さんプロフィール
実践女子大学文学部国文学科卒業
2019年『現代詩手帖』06月号投稿欄「無縫塔」入選
2019年『現代詩手帖』07月号投稿欄「小宴」入選
2019年『現代詩手帖』08月号投稿欄「名もなき池」入選
2019年『現代詩手帖』09月号投稿欄「私は何かを忘れてる」入選
2019年『現代詩手帖』10月号投稿欄「参進の華」選外佳作
2019年『現代詩手帖』11月号投稿欄 「灯籠流し」入選
2020年『現代詩手帖』01月号投稿欄「手にあまる、あまたのおとずれ」「不思議な宿」入選
2020年『現代詩手帖』02月号投稿欄「塔へ」入選、「様似へ——願いの果てへ」選外佳作
2020年『現代詩手帖』03月号投稿欄「ふゆざれに、咲く」入選、「前夜」選外佳作
2020年『現代詩手帖』04月号投稿欄「序章」入選
2020年『現代詩手帖』05月号投稿欄「沈められたピアノ」「水媒花」入選
2020年5月 第58回現代詩手帖賞受賞
2021年10月 第一詩集『旋律になる前 の』(思潮社)上梓
2022年 同詩集にて、第27回中原中也賞?第55回小熊秀雄賞にノミネート
Q: 第58回現代詩手帖賞の受賞、おめでとうございます。
現代詩手帖賞に応募したきっかけと、受賞した時のお気持ちを教えてください。
A: ありがとうございます。
自分の好きな詩人の方々が、受賞していたからでしょうか。憧れの先輩詩人たちが多く通ってきた新人賞であることを知ったときから、細々と投稿するようになりました。
目標に届くまでは、随分と長い時間がかかった気がします。とくに受賞に至るまでの最後の一年は、その年でもう投稿を終わりにするつもりでおりましたが、それでも毎月、入選や佳作の選評をくださる選者の方の真摯な言葉が励みになり、“こたえたい、伝えたい”の一心でした。
また自分には、どうしても生きてあるうちに伝えたいひとがいたので、出版社さまから受賞のご連絡をいただいたときには、“ようやく伝えることができる、スタート地点まで引き上げてくださりありがとうございます”という感謝の気持ちが込み上げました。
Q: 学生生活の思い出を教えてください。
A: やはり生涯大切にしたいと想える友人と出逢えたこと、その友達と四年間、ずっと机を並べて学部の勉強に打ち込めたことだと思います。
また学部内に限らず、どの講義の先生も一人ひとり丁寧に見てくださる方が多く、大学時代の勉強は本当にたのしくていつまでも浸っていられました。
Q: 在学中は毎日のように図書館に通われたとお聞きしましたが、紫衣さんにとって図書館はどのような「場」「空間」ですか。
A: 一冊手に取ると、もっと、もっと奥へ… と片っ端から読みたくなる書物に出逢える「場」でした。
また当時、限られた時間帯にだけ見られる、館内の隅にひらかれた窓硝子にゆれる葉が、陽の光を透き通らせてとても眩しかったのを、よく憶えております。
そして吹き抜けに設計された地上二階から地下二階まで、順に階段を降りてゆきますと、徐々に外光が遮断され薄暗さに包まれますが、同時に書物への探求心が強まり、友人と「ここにあるすべてを片っ端から読みたいね」と交わしたこともあります。
こういった視点からも、私にとって実践女子大学の図書館は非常にうつくしい「空間」であったと感じます。
Q: 詩を書き始めたのはいつ頃でしょうか。またどのようなきっかけからでしょうか。
A: ものを書くなかで“詩”を意識し始めるようになったのは、13歳前後だったかと記憶しております。
短い呼吸でときに鮮烈な映像、声帯がふるえる前の断片のようなものが降りてくるのを、ノートやパソコンではなく、捨てようと丸めた切れ端や裏紙に書き残すようになったのがきっかけでした。
それまでは、ミステリーや随筆など、別の構成を練ろうとして失敗することが多かったのですが、そこで捨てられた“書き損じ”から詩があるき始めたような気がします。
Q: 筆名の由来についてお聞かせください。
A: 詩人の吉田文憲さんが、いつだったかつけてくださいました。辞典をひらいたりいくつもの名を並べて見せてくださったりしましたが、あるとき「決まったよ」と紙を手渡され、“紫衣”の上に印がつけられていました。
いま訊ねますと、「音」と「文字」と実践女子の学園カラーに因んだ「色」で決めた、とのことです。
卒業生として、そのことを私は嬉しく想います。
Q: この詩集のタイトルを『旋律になる前 の』にした理由をお聞かせください。
A: これは拙詩集に所収した、とある一篇の詩のタイトルですが、その詩の最後の一行からとったものです。
詩は、音楽や小説とも似ているようで、それでいてどこか違って、ストーリーやメロディがかたちとなって顕れ出る以前の、“符の漣”とでも言いますか、死に近く未生なるもの、これから生まれようとするものたちの声なき声... という印象が自分のなかにあり、それは未熟な自分自身の立ち位置でもあり、出発地点でもあり、第一詩集をたどたどしくも言葉にするならば、やはりこのような表現になるのかな、と思い編集者さんにも相談したうえで決めました。
Q: 紫衣さんが詩を書く上で、普段から心がけていることや、大切にしていることはありますか。
A: 何でしょうね... 書けないときは何も書けませんし、筆を落とす瞬間はあまり考えないものですから、今回一番悩んだご質問かもしれません。
ただ、時折どうしようもなく眼裏に降りてくる光景や声、断片が絡みあい、それを誰とも共有することができない、伝えることができない。そんなとき、より一層“表現したい”という気持ちがつよくなります。
「書くうえで」というよりもむしろ書き終わってから、たとえば平仮名のやわらかさや句読点、空白の呼吸、声に出して読みあげたときそこに音楽のような響きが感じられるか?などを意識し、何度も見返します。
心がける?大切にしている、とは少し異なるのかもしれませんが。
Q: 現代詩は難しい、という印象をもつ学生もいますが、紫衣さんがお薦めしたい詩人や詩集があれば、また影響を受けた詩人がいれば教えてください。
A: 同じく私も、難しいと感じるものは難しいです。しかし詩に限らず「いま」無理に理解しようと思わずに、たとえば自分が好きだと感じる言葉や音の響き、一行でも心に刺さるフレーズに出会えたら、など入りやすいところから手にとってみるのはいかがでしょうか。あるいは、自分と同年代の書き手によって書かれた本を入り口としてみるのも良いかもしれません。思いがけず自分にとって大切な一冊に、出会える日が来ることと想います。
“影響”といわれますと、近代からいま活躍なさっている方々まで、きっとたくさんのひとから受けていると思います。十代の頃は、現代詩よりもどちらかというと近代の北原白秋や三好達治、中原中也など。大学に入ってからは、詩だけでなく泉鏡花や川端康成、内田百閒、小坂井不木、渡辺温なども好んで読んでおりました。
また随分前、何度かお目にかかったことのある菊井崇史さんに帰りの電車で、文学と写真、両方の世界へ踏み込もうとすることへの不安を口にしたときに「大丈夫ですよ。大丈夫です」とおっしゃっていただいたことがあり、そのとき既に『遙かなる光郷へノ黙示』を出されていた菊井さんの言葉は、心強いものだったといいますか... “影響”といったかたちで当時の私の背中を押してくれたように思います。
Q: 今後、どのような作品を書いていきたいですか。
A: そうですね。この詩集を編むときは、意図して前の作品と後に出てくる作品が、どこかで繋がるような書き方をした部分もありましたが。
最近、自分の作品を読んでくださり「引き込まれた」と言ってくれた友人が「怪談、ホラー、異世界に誘われるような摩訶不思議なお話が好きで、そういった作品をもっと読んでみたいな」と話してくれたのが心に残っているので、そういった貴重なお声にこたえられるような、自分なりの作品を生み出していきたいと思います。
また、私の書くものは、きっと万人受けはしないのだろうと思います。
ちょうど詩集の打合せをしている際に、編集者さんから「紫衣さんはコアな書き手だと思います」と言われたことがあります。「入れない人は入れない。でも好きな人はすごく好き」と。
最近は、それでも良いのかな... と思うようになりました。皆に好かれる書き手でなくとも、手にとってくれるひとがひとりでもいてくださり、そのひとの心にいっとき寄り添うことができるなら、そのひとのために私は書き続けたい、そう想います。
Q: 後輩にあたる在学生に一言お願いします。
A: 大学生活も、とても忙しく大変なことと存じますが、それでも好きなことを見つけたら、ひとつだけと決めず卒業してからもずっと続けていってほしいと思います。
......と、偉そうなことを言える立場でもないので、いつかお会いしてたのしくお話しできたらいいですね。
ありがとうございました!
■『現代詩手帖』2020年5月号(63巻5号) には、受賞作品「沈められたピアノ」?入選作品「水媒花」の他に、
紫衣さんの受賞のことばが掲載されています。
両キャンパスの図書館に所蔵しています。ぜひ手にとって御覧ください。
→『現代詩手帖』のOPAC所蔵画面はこちら
■ 紫衣さんから、受賞作品を収めた第一詩集「旋律になる前 の」(2021年10月刊)を寄贈していただきました。
渋谷キャンパス図書館に所蔵しています。紫衣さんの24篇からなる詩の世界に触れてみてください。
→『旋律になる前 の』のOPAC所蔵画面はこちら